てんみくろん

旅〜イスラエル編〜 第1章

平成8年2月18日、目的も無く、その歴史も文化もほとんど何も知らない未知の国、イスラエルに私は旅立とうとしています。
聖書を読んだ事も無ければ興味も無く、神も仏も一切関係無い人生を、それまで過ごしていました。
強いて言えば、35才の頃、開発発売した顔痩せシリーズの化粧品「タカコ・フェイス・スリム・セット」が爆発的に売れ(サロンはてんてこ舞いで、キャンセル待ちの客からの電話応対に追われる状況でした)、台湾からその引き合いがきたのです。
技術指導のため台湾を訪れた時、その地の代理店より真っ黒のクリームを、「とても優れている」との事で預かりました。
それが、死海の泥を原料として作られたもので、それ以来、生物が生息できない海、「死海」に興味を持ち続けていました。

記憶は定かでないのですが、41〜42歳の頃、タラソテラピー化粧品の輸入元・株式会社ヒヨキの日下部喜代子会長(当時は社長)と仲良くなり、ご夫妻と一緒にゴルフを楽しんでいた時(沼津にあるゴルフ場だったと思う)、私は死海に興味があり、特に、塩と泥を使ったものを手に入れたいという話を口にしたところ、「本当にやる気あるの?実は、イスラエル政府公認AHAVA化粧品の輸入権を持っているの。随分前に手に入れたのだけれど、誰もやってくれないから、そのままになっているのよ。本当にやってくれるのなら動かすけど・・・・・
ただ、原料が塩と泥だから防腐剤や、何やかんやで日本の許可をとるのが大変なのよ。輸入申請して許可がおりるのに、数年はかかると思うけれど、それでもやる? 浜口さんがやるというのなら、ヒヨキとして、本腰入れて輸入手続するわよ。」と・・・・
そして、輸入許可がおりて製品が入ってきた頃、私のビジネスは嵐の中に入り始めていました。

結局、充分なケアも出来ないまま、私は、ビジネスから身を引き、AHAVA製品の流れを見守り続けることしか出来なくなりましたが、それでも死海への想いは消える事なく、ずっと胸の内でくすぶり続けていました。

平成7年10月、夫が亡くなって、その時、お世話になった21世紀創生会の津留晃一氏に感謝の気持ちを伝える為、九段下の事務所を訪れた時、「浜口さん、是非、ブリージングを体験しなさい。」の言葉で、魚住和子さんのブリージングに一回出席しましたが、過呼吸が苦しくて、気管支の弱い私は、途中でギブアップ。
魚住さんとは、個人的な会話を交わす事なく別れたのですが、2週間後だったしょうか、魚住さんより電話が入り、「出雲大社へ一緒にいきませんか?」のお誘い。
心では「なぜ?」との気持ちがあるのに、「ええ、いいですよ。」と反射的に答えてしまっていた。
K・K氏がツアーリーダーのこの旅が、私にとって初めての、波動を感じる霊性への旅であったようですが、もちろん当時の私には、彼らの奇妙な行動の意味がわかる筈もなく、ただ邪魔にならない様についていくのが精一杯でした。
旅も終り、解散の場所で時間待ちをしている時、K・K氏が話しかけてこられました。

「地球を浄化するためには、まず、日本とユダヤとの和合が必要なんですが、浜口さん、日本とユダヤの和合はあなたのお役目になっていますね。」
「???」
この時、答えるべき言葉が無くて、そのまま別れてしまったけれど、K・K氏のこの時の言葉が私を動かしたのでしょうか。
誰かに催眠術でもかけられているかのように、私は、一人、何のあてもなく、今、旅立とうとしています。


平成8年2月18日

昨日来の大雪。
朝6時には成田へ向けて出発しなければならないというのに、積雪の為、玄関のドアは開かないし(こんな事は、東京に住んで初めての事!)、迎えの人達からも、連絡が無い。
念のため、成田まで送ってもらう人を二人確保してありました。
T・H氏からは、昨夜12時頃と今朝3時の2回電話が入り「大丈夫。絶対に時間までにはそちらへ着くから。」と伝えてきたけれど、その後、連絡はない。
M嬢は、朝5時過ぎ、したたかに酔って帰ってきて、ベッドに倒れこんだまま、眠り続けている。声をかけても返事はない。
まるで誰かに邪魔されているような感じ。
「イクナ、イクナ。アキラメナサイ。ソノホウガ、ラクダヨ。」の声。
でも、私は行く。
なぜだか、自分でもわからないけど、この旅で何かが起りそうな予感。
「わかったわよ。一人で行きなさいということですよね!」と声に出し、自分に弾みをつける。階段の雪かきからこの旅はスタートした。

午前3時頃から受け続けている第6チャクラへの刺激は、一向におさまらない。

1週間前、初めてのイスラエルへの旅の参考になればと思い、イスラエル観光局から借りてきた観光ビデオを見たときから、私の身体は異様な反応を起こし続けている。
イスラエルについては、複雑な国というだけで、その歴史も、文化も知らず、まして、聖書につ
いては、読んだ事も、手に持った事も無い。そんな無知さゆえに借りてきたビデオを娘と一
緒に見ていた時、ソレが始まった。

マサダの砦(その歴史的意味を私は知らない。)
を紹介している数秒間の映像が目に入った時、
突然、涙が溢れてきて、
「ワタシハ、ココデ、タタカッテ、シンダ・…。」
誰が言わせたのか、勝手に私の口から飛びだし
た言葉に、娘がびっくりして私を見つめている。
その場にいた娘の友人も、声にならない驚きの
顔で、やはり私を見つめている。
でも、本人が一番驚いている。
この時から私は、独特な重い波動に包まれている。
その日、T・H氏から「浜ちゃん、イスラエルを
呼んじゃったね。旅は今日から始まったようだね
。頭重いだろう。」と言われたけれど、その通りで、
その時以来、重い波動は一向に消えてくれない。
消えないどころか、今朝からは、額の中心に、
穴が開いた感じになっている。
「大丈夫よ。ママは守られている。アクエリアスがママについて行くって言っているわよ。死海がどんどん汚れてきて悲しんでいる。ママが死海に行って、その身体を浮かべてくればいいのよ。
そうすれば、死海が浄められるのよ。何も心配はしないで行ってらっしゃい。ママを助けてくれる人が、旅の間中現われるわ。」とM嬢に励まされ、T・H氏からは「浜ちゃん、大丈夫だよ。モーセをつけたから、安心して行っておいで。」

「浜ちゃんは、吸いすぎる体質だから身代わりとして、この数珠を持っていきなさい。眠る時以外は、ずっとこの数珠をつけていること。そして、浜ちゃんが波動を感じたところがあれば、良い波動でも、悪い波動でもいいから、ともかく波動を感じたら、そこにこの御礼を埋めてきてよ。33枚作っておいたからね。」
「波動を感じた時、瞑想して、太陽に大日如来をイメージして、光明浄化、月に千手観音または、不動明王をイメージして、因縁消滅。緑の地球をイメージして波動浄化の言葉を繰り返し唱えなさい。」と頼りにしていいんだか、訳のわからないアドバイスを受ける。

箱崎エアーシティターミナルまでタクシー、ついで、リムジンで成田へ。
常なら、どんな時でも浩さんが送ってくれた筈なのに、あの優しい顔は今は無い。
そう、あなたはいない。
でも、大丈夫。浩さんは私の傍らについてきている。私の心に入っている。そうよね、浩さん。
「しっかりついてきてね。」と、自分を励まし、1時間半遅れのエアーフランスに乗り込む。
目的がある様で無く、無いようで在りそうな奇妙なイスラエルへの一人旅がこうして始まった。
何のために、どこへ行こうとしているのか、今、答えてくれる人はいない。
深い霧の中へ入ったばかりで、何も見えない。
なぜ、私は旅立ったのだろう。

旅〜イスラエル編〜 第2章

平成8年2月19日

おはよう、理恵さん。今朝は6時から起きて、風呂に入ったり、瞑想をしたりしています。フランスは、やっぱりパンの味が最高です。
美味しくて、今朝はついついパンを4個も食べてしまいました。
固いパンをナイフでザックリと切り、口に入れる。ガリッガリッ、サクッサクッ、こたえられない美味しさです。あ〜ァ、生きていて良かった!と思う瞬間です。
ごめんね。ママはやっぱり旅が好き。一人で言葉の通じにくい土地を歩くという事は、大変な緊張感を伴います。この緊張感が刺激的で、大きな感動を呼びこみます。一つ一つの事象がすべて新鮮で、最高に気分を高揚させてくれます。
「生きている」という実感に包まれて、幸福感の絶頂へ突き進んでいくようです。
日本にいては感じられない、内部から突き動かされる悦びの衝動を、あなたにどのように説明すれば良いでしょう。
随分長い間、英語を話していませんので、にわかに話そうとすると、舌を噛みそうになって困りました。
もう2〜3日すれば、慣れてくるとは思いますが、帰ったら一緒に英会話の勉強を始めたいな。
そして、世界中、一緒に旅をしたいなと感じています。
With love Takako
パリ シャルルドゴール空港近くのソフィテル・ホテルにて

追伸:大雪の成田を飛び立って、今、窓の外を見れば、また雪が降っています。
今は午前10時(日本時間夕方6時)です。
この手紙をフロントでファックスして、11時にはチェックアウトし、空港へ行きます。いよいよイスラエル、テルアビブに向かいます。
「浄化の雪」と考える事にしました。
ママの身体は2月18日の朝から、波動が立ち上がりっぱなしで、特に額は穴が開いたようにズキズキとしています。目を閉じると、全身を氣が走り回っているのがわかります。
体調、波動調整をしてイスラエルに向かいます。

平成8年2月20日

27歳で初めて国際線に乗って以来、今日までの20年間、世界各地の空を、それこそ数百回も飛んできたけれど、イスラエルへの空は不思議な温もりに包まれていた。
まるで、大人の修学旅行。
多くの人達が席を離れ、てんでに狭い通路で飲み、かつ談笑している。
こんな光景は今までのどの旅にもなかった。
テルアビブ行きの飛行機は、高校生のバス旅行と化してしまったかの様子。
この機内の一体感は何だろう。ユダヤ人皆が見事に家族のよう〜。
その人達の顔は、私の家の隣に住んでいるおじさんのようでもあり、緊張感を溶かし、不思議な安心感で包んでくれる。
流浪の民の並外れた帰属意識?久しぶりの里帰りで感じる高揚感?同族意識?
建都3、000年の行事があると聞くが、その為だろうか・・・・
たまたま乗り合わせただけの人達だけで、こうもにぎやかに、全員を巻き込む温もりと悦びを醸し出す事ができるものだろうか。
トイレの前ですれ違った80歳くらいの白い髭のおじいさん、その温もりは私と無縁の人ではない。「お久しぶり」と声をかけ、しばし背中合わせにじっとその波動を感じてみたくなる。
どのユダヤ人の顔も私の顔と同じである。
温かさ、人の良さ、懐かしさが溢れている。

成田の大雪で行く手を阻まれ、パリでも雪。成田同様、出発が遅れる。
機内に入ってからも長い間待たされた。
イスラエルに入るのに、こんなに手間暇かかるとは思わなかった。
大変さは、今朝のシャルルドゴール空港でのチケットチェックインの時から始まった。
チェックインカウンターが見つからないのだ。あちらのカウンター、こちらのカウンター、と荷物を抱えてさまよい歩く。



係りの人に聞くと、言葉の問題だとは思うが、あっちだ、こっちだ、と振り回される。
広い空港ロビー内で約1時間くらいさまよい、やっと目的のカウンターが見つかった。
地下の特別コーナーである。警備の人だけがいる。
寒々として、何もなく、どことなく険しい空気が漂う地下の様相は、空港のチェックインカウンターと呼べるものではなかった。
そこは長蛇の列で、ゆっくりとしか前に進まない。ただ、ただ、並んで待ち続ける。
周囲は灰色の壁のみで、まるで収容所への道なの?と感じてしまう。

飽きるほどの待ち時間が過ぎ、やっと手荷物検査カウンターまでこぎつける。
ウエストポーチと手持ちバッグを渡す。検査済みで出てきたのは手持ちバッグだけ。
ウエストポーチが出てこない。イスラエル滞在中のお金はすべてこのウエストポーチの中だ。
係員にウエストポーチが出てこない事を告げるが、取り合ってくれない。邪魔だからさっさと前へ進めと、手で合図してくるのみ。
私のクレームを取り上げようという姿勢はない。
冗談じゃない。この旅の全てがかかっている。
ドーム状検査機の中のどこかにある筈なので、機械を止めて調べてくれと食い下がるが、シッ!シッ!と、まるで迷い犬でも追い払うような係員の態度に、さすがの私も戦闘体勢に入った。



君達がやってくれないのなら、自分で実力行使するまでのこと。
ウエストポーチを返してくれないなら、私はてこでもここを動かないし、この検査機を止めて解体作業をするまでだ。
その行動に出る寸前、一人の男の人が奥から現われて、検査機を止めてくれた。
検査機の真ん中辺り、溝の中にウエストポーチが見つかった。やれやれである。
文句の一つも言いたかったが、ウエストポーチは出てきたのだし、私に手を貸してくれた男の人に御礼を言って先に進んだ。
こんなことってあるのだろうか。国内便、国際便、数限りなく利用してきたが、初めての体験だ。何かがおかしい。
2月18日スタート時からの不協和音に心がざわつくが、それでも(株)ヒヨキの日下部会長達と出会えたことで、私の心は少し和らいだ。


テルアビブ行きの空はいつも揺れるのだろうか。
国際線ではめったに揺れを感じたことがないのだが、今回はよく揺れる。
隣席の京都から来られた浅沼友紀子さん、横須賀からの斉藤和恵さんが恐怖で声を上げる。「コレデモ、アナタハ、イスラエルイキヲ、ヤメマセンカ。」と試されているように思うのは考え過ぎか。
2月19日をイスラエル入りの日と決め、スタートしたこの旅、どうも出足が悪い。
「私を試し、脅しても無駄ですよ。私は自分の生命力を信じています。私の守護神を信じています。」と心に繰り返す。
足裏にたくさんの針が突き刺さるように、チクチク痛む。指先が痺れる。「勝手にやってなさい。私は平気です。」誰に対してというより、自分に声をかけている。
隣席の浅沼さん、斉藤さんは、共に波動を感じる人達だった。
浅沼さんがよく見る夢に付いて語り始めた時、私の全身に鳥肌が立ち、そのことを伝えると、彼女も同じ反応を示した。
最近よくあることだが、本を読んでいても、ある箇所になると、急に鳥肌が立ったりする。鳥肌が立ったとき、それは真実だとの身体反応である、と私は思っている。
「その夢は、浅沼さんの過去生で経験されてきたことで、真実だと思います。」と伝える。斉藤さんも、「私は吸い易い体質なので。」とブラジャーの内側に入れてある石二つと、ピラミッドのペンダントを見せてくれた。
日下部会長達をテルアビブ空港に迎えに来てくれたガイド嬢は、埼玉県出身、考古学、歴史学専攻の知的な女性で、お父様が牧師様、お母様は神社のお嬢様とのこと。
名前は柏原ルツ。ルツはヘブライ語で「神」を意味するのだそうだ。いくつかの、予期せぬ出来事をクリアーし、何とか2月19日、無事テルアビブのホテルに入る。

明けて本日、2月20日、いよいよ死海へ向かう。
日下部会長達がチャーターしたバスに同乗させてもらう。地球の断層をこれでもかと尊大に見せつけて、赤茶色の別世界が広がる。
アメリカのロッキー山脈に入ったときや、ラスベガスから飛んだグランドキャニオンも凄かったが、ユダの荒野は、それらとはまた一味違ったイメージで威圧してくる。


[チャーターバスの中から何気なく撮った写真の中に、異様な雲が写っていた。魔法使いのおばあさんのような、長いかぎ型の鼻をした、顔のような形の雲である。
なぜそんな写真があるのか、自分では意識せずにシャッターを押したものと思われる。
帰国後、T・H氏に見せると、「ああ、龍神だね。浜ちゃんに龍神が憑いていたんだよ。」と軽く言われた。
残念ながら、その貴重(?)な写真は、今はない。
イスラエル中で撮った写真からの波動がとても重く、苦しいので、全て燃やしてくれとT・H氏から言われ、不満ながら彼の苦しむ姿はかわいそうなので、燃やしてしまった。
その時、このネガも一緒に火の中に入ったらしく、後で焼き増ししようといくら探しても見つからなかった。]


4、000年間、独自の生活文化を保ち続け、一切の戦争とは無縁に生きているという、ベドウィンの子供達と写真を撮る。
かわいい小さな口唇から出てくる言葉は、「Money, Money」のみ。
貧しい国々で演じられ続ける同じシーンを、私は何度、この目にして来たことだろう。
子供達の無邪気さ、可憐さ、その澄んだ瞳の奥に同居する哀しさに戸惑いながら、幸多かれと祈る。



全身に入ってくる波動が、強くなったなと感じたら、そこにマサダの要塞が突如現われた。
昼食のため、そのふもとに立ち寄る。「明日、ゆっくり来るからね。待っていてね。」と声をかける。
ユダの荒野の道端には、白骨化しかけているロバの死骸や、戦争中使用したトラックの残骸などが、そのまま風化にまかされている。
荒野にときたま生えている植物は、ソルト・プラントと呼ばれ、口に含むと塩味がするという。また、イスラエル・プラントと呼ばれる植物が、ビン詰めにされ、土産物として売られているらしいのだが、その植物は空気も水も要らないものだとガイド嬢から教えられた。
砂漠を通って、死海に面しているニルバナ・ホテルにチェックインし、浅沼さん、斉藤さん、両名と共に早速死海へ降りて行く。
恐る恐る足を湖底から揚げてみる。面白いように身体が浮かぶ。
水に粘りがあって、まとわり付き、手や足を動かすと油分が混濁しているかのように、湖面はゆっくりといろいろな美しい紋様を見せてくれる。
湖底から塩の結晶が付いた小石を拾う。強い波動がその小石から出ているのに気付く。


[この小石を何気なくいくつか拾い、部屋に持ち帰ったのだが、数えてみると、その数は9個。パリのソフィテル・ホテルでT・H氏から預かった33枚の「御札」のうち、いくつかを小さく折って、ウエストポーチに入れていたのだが、これも、数を数えていたのではないのに、9枚入っていた。
「9」という数字は、イスラエルを表わす数字だとK・K氏から教えられ、どうせイスラエルに旅をするのなら、日本を表わす「1」とイスラエルを表わす「9」が和合する日ということで、2月19日にテルアビブに入国するようスケジュールを作ったのだが、この拾ってきた小石と、折ってウエストポーチに入れた御札は、無意識の行為でありながら、どちらもイスラエルを意味する数「9」を私は選んでいた。]


湖面に浮かんでいたが、少し寒くなってきたので、浅沼さん、斉藤さんが部屋に戻っていった。
一人になった私は、ビーチサイドに石で穴を掘り、小さく折りたたんだT・H氏の御札を、一枚、その中に深く埋め込んだ。
そして、A.Ayanokohji氏の描かれた「太陽の剣」というタイトルの絵葉書と、宮崎県にある宇土神宮で撮ってきた「豊玉姫」の写真を背中合わせにして両手に挟み、瞑想状態に入る。
「光明浄化、因縁消滅、波動浄化。」の言葉をゆっくり繰り返す。太陽と月と地球のイメージを描きながら……。

「イスラエルの友よ、ご苦労様でした。永い永い年月、貴方達は国を求めて戦ってきた。ありがとう。もう、充分です。貴方達の目的は達せられました。許し合い、愛し合うときがきました。
イスラエルの友よ、私達は皆、家族です。一つです。国境は消えました。民族も消えました。地球は一つ。人間は一つ。宇宙は一つ。全てが統合を始めたのです。
大いなる意志の下、地球の、宇宙の、そして、人類の大調和を実現し、弥勒の世を創る。それが私の願いであり、貴方達の願いでもあるのです。
どうぞ全ての苦しみ、憎しみを解放して下さい。弥勒の世、実現のため、力を惜しまないでください。共に歩んで下さい。イスラエルの友よ、ありがとう。本当に永い間、ありがとう。皆さんは救われました。」
など浮かんでくる言葉をそのままに、心の中で語りかける。

小さな風が吹いてきたと思う間もなく、唸りを伴った強烈な風が、巻き起こってきた。
ゴゴーーーーーーーッ!!



何もかもを吹き飛ばそうとでもしているのか。この烈風は、マサダの砦の方角から、一気に駆け下りてきた。
ビーチチェアーに掛けてあったタオルやガウンが、勢い荒く吹き飛ばされていく。地中に埋め込まれているパラソルも、倒れてしまいそう。
まるで、龍神がこの天空を駆け回っているようで、そのイメージが広がった。
天岩戸神社での御神業時の風も凄かったけれど、その比ではない。竜巻が起きるのではないかと、心配するくらいだ。
突如として巻き起こった超弩級突風に、ビーチに残っていた他の外人客二人も驚いて、棒立ちになっている。この風は、私の行動に、その因がありそうな気がしている。
全身の波動が、死海に浸かったせいか、身体からはみ出し、大きく呼吸しているのを感じる。

その後、死海の水を引いて作られている温水プールで、プカプカ浮かび、スパに行く。
全身泥パックと、塩マッサージを受けた。爪先から頭のてっぺんまで完全に痺れて、身体は私の所有ではなくなっている。身体の輪郭が消え、フワフワと浮遊して空に漂っているかのよう。
夜、日下部会長に誘われて、ホテルのバーに行ったが、一杯のレモンカクテルでダウン。
お〜〜〜〜〜〜い、私の身体、返してちょうだい!
部屋に戻るため、エレベーターに乗る。壁にもたれたら、その壁が大きく観音開きに開き、尻餅をついてひっくり返る。
右手首三箇所、擦過傷。


[T・H氏からイスラエルへ行くに際し、大きくて長いペンダント風な数珠と、33枚の御札を預かったが、それ以外に「豊玉姫」の写真を持っていくように指示されていた。
1月31日、唐突にM嬢を連れて、天岩戸神社へ行くことになり、私も同行するように誘われた。
「Mのための御神業なんでしょう。私がついていく必要性があるの?」
「嫌なら無理にとは言わないけれど、行った方が良いと思うよ。良いことがあるかもしれないよ。」
「良いことって何?」
「さあ……ね?」のやり取りで、結局、私もついて行くことになった。
1月31日、熊本空港に着いてすぐ、レンタカーを借り、阿蘇・日の宮幣立神宮へ参拝。正月に息子と娘、M嬢、M氏と共に参拝を済ませたのに、立て続けの参拝は、これで三度目となる。
そして、M嬢念願の、天岩戸神社へ行き、T・H氏による岩戸開きなる御神業が行われた。
天照大神のエネルギーをM嬢の身体に入れた(?)らしく、その後ずっと、M嬢から様々な言葉が出てきた。
私には、この辺のことは良くはわからないけれど、彼女によると、天照大神には男性神と女性神が存在しており、この二人の仲があまり良くないらしく、それぞれの言い分を聞いて、戸惑い、混乱している。
T・H氏より「わかったから、二人を和合させなさい。」と言われていた。

翌2月1日、宮崎に向かう。
「浜ちゃんのために、宇土神宮へ行くよ。」とT・H氏。
私のため?どうせ、何を聞いても詳しくは説明してくれないので、ともかく、任せてついて行く。
宇土神宮は海に面したとても美しい神社だった。
降車場でレンタカーから降り、海に向かって大きく伸びをすると、海に張り出している立派な松の枝が目に入ってきた。その枝に鳥の巣らしきものが見える。
私の目がその巣に行ったとき、大きな鳥(無知な私はその鳥の名前がわからない。)が巣から飛び立ち、海の上をグルッと回って、私達の頭上をゆったりと旋回し、大きな弧を描いた。
不思議な感覚に包まれて参道を進み、境内につくと同時に、しめやかな鼓や笛の音が私達を迎えてくれる。
2月1日、大祭の日に当たっていたようで、まるで私達の到着に合せるかのように御神事が始まった。
大勢の人、人、人……。
「浜口先生!浜口先生ですよね。」急に後ろから声をかけられる。
京都生まれの男性、エステティックサロンを博多で営業している方のご主人で、以前、永久脱毛を教えたことがある。
凛々しい袴姿で、剣舞の奉納をするとのこと。何だか嬉しくなってしまった。
この感情は何だろう。単なる懐かしさという感情だけではなさそうだけれど、理由不明のままウキウキしている。人の波を縫いながら奥へ進む。

ひっそりとした目立たない場所に、「豊玉姫」の絵がポツンと置かれている。その絵の前で、T・H氏の御神業が始まった。
K・K氏の御神業は長い瞑想に入ることから始まったが、T・H氏のそれは、祝詞をあげることから始まり、とてもスピーディーでとんとんと進む。30分くらいで終了する。
何を目的に、何をしているのか、皆目わからないままに指示されることをそのままにやっているだけ・・・・・
「浜ちゃん、豊玉姫の写真を撮っておいて。」の言葉に従い、それをイスラエルに行くとき持って行くように言われたのだった。
なぜ、この写真を撮り、イスラエルへ持って行くのかの説明は、全くない。

帰国後、やっとその意味を教えてもらえた。
日本とユダヤの和合は、本来、天皇家が行うべきことだが、それを天皇に頼むことはでき
ないので、私の身体に天皇家の祖先である豊玉姫のエネルギーを入れたのだという。
「肉体的には民間レベルの人間だが、エネルギー的には天皇家の代表ということで、浜ち
ゃんはイスラエルへ行ったんだよ。ユダヤとの和合のためにね。」との説明に、「ふ〜〜〜ん。そうだったの。」とのみ答えたが、実感はない。

にわかに「豊玉姫」って一体誰?との思い
から調べてみると、宇宙考古学者 高坂和
導氏の著作「竹内文書2 天翔ける世界天
皇、甦るミロク維新とは何か」の223頁、
上古代天皇・皇后名一覧表の中、25代8
世、統治年数163万7千8百90年、
天皇名「天津彦火火出見身光天津日嗣天
日天皇」、皇后名「豊玉姫皇后宮」という
記述が見つかった。
何だかわからないながら、恐れ多いことで
、私と共にイスラエルを旅したその写真は、
それ以降、大切に額に入れ、毎日お水を差
し上げている。]

旅〜イスラエル編〜 第3章

平成8年2月21日

鳥のさえずりで目覚める。 
6時、まだ今日の太陽は顔を出さない。 部屋から死海を見る。 あまりの美しさに、しばし時を忘れる。  
自分の体が溶けて、この神々しい静謐の中へ、融合していく。 
私の意識は光りとなり、空間そのものと一体化していく。

昨日は、波動のオーバーチャージで、まるで酔いどれ状態。
ベッドに入っても身体がグアングアンと、激しく震動し続け、宙に浮きあがっていきそうだった。
昨夜は、私のお別れパーティーということで、日下部会長たち全員での食事。
ビュッフェスタイルで、レストランの中央に色とりどりの料理が並んでいる。食べることが、大好きな私は、目を輝かし、端から点検していく。
どの国へ行っても、まずトライするのは、地元の料理。初めて味わう食材や、料理法が嬉しく、旅の醍醐味の一つである。珍しいものは全て食べてみたいという欲望のため、たいてい旅に出ると、3キログラムは太って帰国する。
海外の食事が受け付けられず、どの国へ行っても和食レストランばかり探している人達を、可哀相に思ってしまう。もちろん、私は日本食が大好きだけれど、旅をしているときは、できる限り、その土地特有の食文化に触れることを優先する。
テーブルには、野菜、チーズ、オリーブ、パンがメインで、肉は隅っこに追いやられている。肉よりむしろ、魚の方が幅を利かしているが、全体的に見ると、魚肉料理は、ほんの付け足しといった感じである。調理という視点から見れば、おおざっぱで、ヘルシーという点で見れば優れている。
料理はやっぱり日本が一番。日本食は、世界一の芸術品だとあらためて感動してしまう。
さて、朝食は何だろうと、わくわくしながらレストランへ降りていく。
野菜サラダの見本市みたい。順番に少しずつ取っても、種類が多すぎて、とても全種類トライできない。5〜6種類トライすると、それだけで満腹となってくる。
フルーツ、フルーツジュース、そして、シンプルなパンとコーヒー。とてもヘルシー&シンプル。「さすがですね」と声を掛けたくなる。
生クリーム状のケーキのようなものが、5〜6種類あったので食べてみると、これがすべてチーズ。少しずつ試食してみた。美味しいけれど、これだけあると私には少し強すぎる。おしんこの替わりとして、オリーブがグッド。
コーヒーを飲みながら、オリーブをポリポリガリガリ、手が止まらない。イスラエルの料理は、素材をできるだけそのままに、シンプルな味付けで、調理されているものは、すこし物足りない。塩と胡椒が欲しくなる。
流浪の民であった、この地の食習慣が偲ばれる。塩分はチーズから、味付けはレモンで、神から与えられた食材は、できるだけそのままに食していたのだろう。
ピタと呼ばれるパンがとてもシンプルで美味しい。平たい円形パンを割ると、真ん中が空洞になっている。そこを開き、パンの中に各種雑多、色とりどりの生野菜を詰めて食べるのだそうで、これまたナイスなテイスト。
今、日本で出回っている味の濃いソースや、肉類は登場してこない。

テルアビブへの飛行機で、ロサンゼルスからだという男性と少し会話をしたのだが、家族は皆こちらに住んでいるのだという。イスラエルに帰れるのが、とにかく嬉しいと、全身で喜びを伝えてくる。
望郷の念は、国籍人種を問わない。世界中に散っている、この地をルーツとする民が、いまエルサレム建都3千年祭で里帰りしているようだ。宗教上の目的からも、この地を目指して、多くの人達が集まって来ているらしい。
日本からも、幕屋グループの人達が1,500〜3,000人、入って来ているというし、韓国からも2万人入って来ている、という噂が入ってきた。

私は既存の宗教に一切興味がなく、これまでも特定の宗教に触れたことは一度もないので、にわかに耳にする幕屋グループというものに対する予備知識がない。
イスラエルへ旅立つ前だったと思うが、吉田泰治氏より「この本を読んでみたら。」と手渡された「生命之光」(No.320)が本箱の片隅に在ることを思い出し、関連する頁を探してみると、133頁〜140頁に「幕屋とは何か?―現在に聖書を生きる民―」というのがあった。


『幕屋というのは、聖書にある言葉で、天幕(テント)の意味です。
昔、イスラエルの民がアブラハム以来、天幕を張って砂漠を旅してゆきましたが、幕屋が移動する所、神も人と共に歩かれたとあります。(出エジプト記)
聖書的な宗教生活はこのように固定した会堂で行われるのではなく、自由にいつでもたたんだり展げたりできる、簡易な天幕的集会です。
その中で、ひたすら霊と真とを持って生ける神を拝する―これが幕屋的信仰の意味です。
宗教が堕落する根本的な原因は、大きな寺院仏閣、伽藍を築き、教会堂を建てて、それを維持してゆこうとするところにあります。
神を外に拝し、どこかの教会堂やお宮に詣でたりするのは、本当の礼拝ではない。
神は私達の心の奥を聖所として住み給うというのが、霊的な礼拝です。
旧・新約聖書はずっと、この無教会的精神で貫かれています。
聖書の神様は、家に住まわず、天幕から天幕に、幕屋から幕屋に移った神でして、信仰深いダビデ王でも神の宮を建てようとすると、「おまえは神殿を建てたりしてはいけない。」と、神は禁止しました。
全宇宙を支配する神が、人の手で作った神殿なんか小さくてとても住めるものではありません。
イエス・キリストは、「エルサレムの神殿なんか、やがて人の手によって、石一つ残らないほどに破壊されるだろう。そして、人間の身体こそ永遠に神の宮として、神の霊が住むところとなる。」(ヨハネ伝二章)と叫ばれた。
また、使徒パウロも「あなた達は神の宮である。だから、身体を尊べ。神の霊は、人間の身体を宮として住む。」と説きました。このように、聖書の信仰は、無教会的なのです。
「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐい去って下さる。もはや、死もなく、悲しみもなく、叫びも痛みもない。先のものが既に過ぎ去ったからである。」(黙示録21・3〜4)』(「生命之光」320号より)


この考え方はストレートに私の心に染み通る。
以前、エステ業界のツアーでヨーロッパ旅行したとき、多くの壮大ともいうべき教会に連れて行かれたことがあるが、どこも私の心に残るところはなく、むしろ大きくて立派であればあるほど、この建設のためにどれだけの人間が犠牲になり、苦しめられたことだろうとの想いが強く湧き、神聖さより、違和感、虚しさ、不快感を味わった記憶が甦る。


さて、今日から、いよいよ単独行動に入っていく。
緊張感が高まる。日下部会長達とここで別れ、私は一人でマサダ、エンゲディ、クムラン方面へ出かけることにしており、交通網の無い地のため、昨日、ガイド兼ドライバーの予約をしてあった。
午前10時半にはピックアップしてもらう予定で、いそいそとロビーで待機していたのだが、1時間が過ぎても誰もやってこない。そのうち、チェックアウトのため、降りてきた日下部会長達に会ってしまう。
「あら、どうしたの?もう出発しているはずだよね。」
「そうなんだけど…。」
いいかげんにしてよ、誰が邪魔しているの?引き続くトラブルに苛立ち始める。
予約をしてくれたガイド嬢がいたので調べてもらったところ、連絡が上手く伝わっていなくて、そのイスラム人は、まだエルサレムにいる。今から、エンボケックのこのホテルに迎えに来るとして、ここに着くのは、午後2時半から3時になるという。
午後3時からのスタートでは、今日の行動が、大幅に制限されてしまう。
「えーい、ままよ、なるようになる。私にはモーセがついているんだ!」とそのドライバーを断り、日下部会長達がエンゲディへ向かうという車に便乗させてもらう。
マサダの砦の前を通るので、そこで降ろしてもらうことにした。
いったい誰なの、私の邪魔をするのは?
でもこんなことでは怯まないわよ。Don’t worry about it.ケ・セラ・セラで前進あるのみ!マサダまでの道中、車内が静かだ。
「大丈夫?」と、それぞれが私の心配をして下さっているようだ。
「大丈夫、大丈夫。地球は丸いんだから、帰って来れるわよ。」と笑顔で答える。

マサダに到着。
「See you again in Japan!」と、元気よく皆に別れを告げ、一人荒野へ降り立つ。
車を見送って、目の前に広がる砂の大地を睨みつつ前進する。
私が戦って死んだ(?)らしいマサダにやって
くることは来たが、この後はどうやってエンゲ
ディまで行けるのだろうと神妙に考えを巡らし
ながら、炎天下、要塞に向けて赤砂の上り坂を
進んでいると、頭の上の方から、大きな声がす
る。男性の声。誰か親しい人に合図を送ってい
るような声で、顔を上げるとこちらに大きく手
を振っている。
私に、・・・であるはずが無いので、左右前後と
首を回してみるが、私以外だれもいない。
呼ばれているのは私のようだ???
「早速現われたのですね、モーセさん。」
心の中で独り言。
何だか訳が分からないけれど、全身で私を呼び続ける男が待つ要塞入り口へ向かう。

「朝からずっと君を待っていた。車から降りた君を見て、僕のハートは高鳴った。君は、光に包まれていた。マサダのすべて僕が案内する。
そして、エンゲディ、クムランにも行きたいだろ?君の望む場所、全てに僕が連れて行く。安くて良いレストランにも連れていってあげる。僕はベドウィンで、全て安くなるから僕にまかせなさい。」
「君に会うために、僕は朝からずっとここで待っていたんだ。」一人でしゃべり続けている。


「ママは行く先々で導き手が現われるから、心配しないで流れに任せなさい。」M嬢の言葉はこの男のこと?

入り口で料金を払おうとすると、「払わなくていいよ。こっちへついておいで。」と観光客が並んでいる列から、別の方向へ私を引っ張っていく。
35〜36歳ぐらいであろうか。一生懸命さが伝わってくる。悪い人間ではなさそうだし、ユダの荒野を走っているとき、目にしたベドウィンの仮設テント等の映像が甦り、親しみが少しずつ出てきて、彼を案内役として、受け入れることにした。

ベドウィンの生活って、どんなものだろう。見てみたいなと思う心がある。
「君が望むなら、これからすぐ僕の家に一緒に行かないかい?僕たちの生活を見せてあげるよ。一週間ぐらい僕たち家族と一緒に暮らしてみないかい?おふくろの作るチーズは最高だよ。作り方を覚えるといい。」
とっても素敵な申し出で、心が動く。
ベドウィンの生活を体験してみたいと心が騒ぐが、今回は、それでも多少スケジュールを作っている。自分で勝手に作ったスケジュールではあるが、12日間の旅で、一週間この地に留まることはできない。
「残念だけど、次回来たときには、お願いするわ。」
誠実に、丁寧に、この地の歴史を語ってくれる。とても気のつく優しい男性だ。

マサダの見張り台頂上に着いた頃から、私一人の御神業、さてどうするかな?と迷ったがT・H氏から預かっている御札を埋めていくのが私の役目。やらないでどうする。彼を無視して、しゃがみこみ私は穴を掘り始める。
「What do you do?」説明するのは難しい。無視して一連の作業を進める。
T・H氏から国際電話で教えられた言葉、「エルヤーベハネハボーダーヨーダー」覚えられなくてメモしてきた紙を取り出す。T・H氏もこの意味は不明らしいのだが、モーセから伝えられたので、この言葉を繰り返すようにとの連絡を受けていた。
古代ヘブル語(?)の類らしい。メモを見ながら、小さな声で「エルヤーベハネハボーダーヨーダー」と「光明浄化、因縁消滅、波動浄化」の言葉を繰り返す。
炎天下でまったくの無風。乾いた砂と、石の大地にそよ風が吹き始めた。
よーし、OKだ。私が祈りを繰り返しているうちに、それまでうるさく「どうしたの?何をしているの?」と聞いていた彼の態度が変化してきた。何も言わず、少し離れた所でじっと私の行動が終るのを待っている。2ケ所目も同様、静かに見守ってくれている。
私の御神業の合間を見ては、マサダの歴史的意味や、遺跡内部の説明をわかりやすい単語と速度で丁寧に説明をしてくれる。
大きな貯水槽の内部に入って、一連の祈りをしているとき、私は呼吸が苦しくなった。貯水槽の内部には、私と彼のみ、いつのまにか他の人の姿は消えている。呼吸ができない、両手を地面につき、肩で大きくあえぐ。
「やめて!祈るのをやめて!もう充分だよ。」
それまで黙って見守り続けていた男が駆け寄り、倒れそうになっている私を抱き上げ、外に連れ出してくれた。呼吸が少しずつ楽になる。
「少し話しがしたい。この石に座ってくれ。」真剣な顔付きになっている。
「君を見た瞬間に僕のハートはドキドキと大きく揺れ動いた。僕は、君に会うことが運命付けられていたと思う。僕たちは、深いつながりがある。」
まるで、安物の小説を読んでいるようなセリフに「くさいよ。出来過ぎだよ。」と思う心と裏腹に全身が総毛立つ。
この身体反応は何なの?
これは必然?
いい人そうだから、まあいいか。でも本当かな?
誰かに騙されているような、妙にこそばゆい感じだが、流れに乗ってみるか、と思ったらそれ以後「僕は君であり、君は僕だ。」「僕たちは一つだよ。」「君は神から与えられた僕へのプレゼント。」「僕は、君へ与えられた神からのプレゼント。」等とやたら口数が増えてきて、ところ構わず抱きしめ、キスの雨嵐…。
ちょっと待って、ちょおっと待ってよ!!
「私はあなたの気持ちに同意するし、あなたを嫌いじゃないけれど、キスするのは止めて!!」「なぜ?」「…なぜ…か…わからない。でも好きじゃないのよ。」「なぜ?なぜ?」マサダを隈なく説明し、連れて歩いてくれる。
私が各所で御神業を始めると必ずそれまでたくさんいた人々が全員いなくなる。
終ると、神から与えられたらしいこの男に抱きしめられキスされる。
誰か何とかしてよ。この男、本当に神からのプレゼントなの?

一回目の祈りから、ずっと太陽の強さは変らないままだが、涼しい風が祈りの度ごとに止むこと無く続いている。ありがとう神さま。
でも、私は、この人をどうすればいいの?私が日本へ旅立つその瞬間まで、ずっと私の側について、私を守るといい続けているけれど…。
明日は死海を後にして、エルサレムに入る予定だが、明日はエリコへ連れて行きたいし、オリーブ山や嘆きの壁、エルサレムの全てとベツレヘムまで行こう。あそこへもここへも、連れて行きたい。観光客の行かないとても素敵な聖所があるから、そこへも行こう。
ガリラヤへも連れて行く。ハイファー、ヤッフォも良い。イスラエルの全てを君に見せてあげる。この男は一人で舞い上がっている。
お願い、勝手に私を振り回さないで、と大声で叫び出したくなる。
2月29日帰国まで一日も離れず私を守り、案内すると言ってくれるのは嬉しいけれど、No Thanks.
私の導き手は、あなた一人とは決まっていないわ。別の人が待っているかもしれないじゃない。私は、あなたと過去生で共に生きた仲間かもしれないけれど、今日と明日の2日間だけにしてちょうだい。
こう矢継ぎ早に炎天下で抱きしめられ、キスの嵐に私の感性は絶えられそうに無い。
何度も繰り返す言葉「Stop kiss to me.」「I don’t like kiss.」に疲れてきた。
あなたは誠実で優しいけれど、二日が限界よと心が泣きを入れてくる。


エンゲディ国立公園に入ったとき、またしても全身に鳥肌。 懐かしさに涙が溢れてくる。ハートが苦しい。 「ワタシハ、ココデイキテイタ」の内なる声。 
ダビデの滝の付近に、私の視線は吸い寄せられる。 
いつまでもエンゲディの赤い大地を見つめ続ける。この場にもっといたい。一人静かに、このそびえ立つ岩山を感じていたい。 
かすかな記憶。私はここを知っている。
夕陽に空が赤く染まり、この空間の中に、私の心は溶けていく。 
死海の美しさ、夕陽を受けたヨルダンの赤い大地が、鏡のような水面に投影している。

意識が幻のようなこの光景の中へ溶けていき、私は、この光景そのものとなる。
言葉が無い。この美しさを、私は表現しきれない。
どんな宝石も、この空間の前では色褪せてしまうだろう。 ありがとうイスラエル、ありがとう神さま。 こんな素晴らしい場を与えてもらえるなんて私は何と恵まれていることか。 何と愛されていることか。 感謝の思いで胸が詰まる。
見たいと願っていた野生の鹿(ムビアンアイベックスと呼ばれ古くは、中東及び北東アフリカ、アラビア半島にまで生息していたが、現在は、ここエンゲディ自然保護区に残るのみ)が2頭ずつ2回私の前に姿をあらわしてくれた。
これも必然? Present for me? こんな素敵な地球があるなんて!
なぜこんなにも調和がとれているの? なぜ、こんなに心を安らかにしてくれるの? なぜ、こんなに美しいの?・・・・・・
「何も無いから。」
それが私の答え。 人間の手が加えられていない神が創ったそのままの姿だから。
空、雲、夕陽、岩、石、植物・・・神はこの地球をこよなく美しく創造した。
それを汚したのが人間。
人間は何をやってきたのだろう。 かつて日本もこのように美しい国だった筈。 
不謹慎かもしれないが、中近東の戦いは、この神の創った偉大なる自然を残しておくために続けさせられたのではないかとさえ思ってしまった。
紀元前から、ずっと国が安定し続けていれば、この地は今日と違ったものになっていただろう。この超自然とも言うべき美しさ、静けさは、消え失せていたことだろう。
数限りない戦いで散っていった生命にこんなこと言える筈も無いけれど、「ありがとう。地球をあるがままに守ってくれたのね。」と独り言。
「地球本来の美しさを思い出させるためにこの地を残してくれたのね。」人間の愚かさに涙が出てしまう。
ホテルへの帰路、空を見上げて驚いた。
鳳凰雲が私の行く手に大きく広がっている。
私を歓迎し、祝福してくれているのね。ありがとう。
この映像が心に消えることの無いよう、私は一心に見詰め続ける。 ありがとうイスラエル、ありがとうベドウィンの男、明日はどんな一日がやってくるだろう。
エルサレム、ベツレヘム、エリコ・・・。
明朝8時に神からのプレゼントが迎えにやって来る。 明日、もう一日、キスの嵐に耐えていこう。

旅〜イスラエル編〜 第4章

平成8年2月22日

ベドウィン氏から電話が入り、ホテルの前にいるから出てきて欲しいとの連絡が入る。
マサダ、エンゲディ、クムラン、死海に心を残しながら、車中の人となる。
名残を惜しんで身体でその波動を受け止めていると、「どうしたの?今日、君は全く語らないね。」から始まって、「愛しているよ。」「幸せかい?」「なぜキスしてくれない。」・・・と矢継ぎ早にうるさいこと。
彼の名前はアリ。
私に名前をつけてくれる。 ヘブル語で「ダリア」。とても良い名前だそうだ。
昨日より、この男にずっと迫られ続け、もう放っといてと言いたい心境。 延々一日中続く、「愛してる。」「君は神からのプレゼント。」「僕は幸せだ。」「愛しているかい?」「幸せかい?」「何かして欲しいことは?」「なぜ抱き合わない?」「なぜキスしてくれない?」・・・・・
「私は日本人です。日本では人前で抱き合ったり、キスしたりしないのが習性であり、文化なのよ。日本人はとても恥ずかしいと思うのよ。解かる?私はキスが嫌いなの!」と思いっきり答えてしまう。
ごめんね。 アリはとっても良い人だと思うけれど、私は恋人を求めにこのイスラエルに来たわけじゃない。 そっとしておいて欲しい。 感じ続けたいの、イスラエルの波動を、と心で謝る。
そんなやりとりのドライブを続けていて、周囲の景色が変わったなと感じると同時に、指先がビンビン痺れてくる。
ハートがバクバク脈打つ。 苦しいよ、呼吸がしづらいよ、と思うとそこは既にエルサレム。 
こんなにも波動が違うのか。 オリーブ山に登り、エルサレムを見下ろす。
ゲッセマネの園へ行く。
イエスが処刑の前日に祈り、ユダの裏切りの接吻を受けて、権力者側に引き渡された場所とされており、そこには樹齢3,000年と書かれているオリーブの老木がある。
万国民の教会、そしてマリアの被昇天教会へ行く。 歴史を知らない私は、ただその場の波動を感じて歩くのみ。

マリアの被昇天教会に入ると、何かが違うと感じるが、そのまま一連の御神業を終え、出口への階段を上っている時、急に哀しみに包まれ足が動かない。
よろけて、そのまま階段に座りこむと同時に、声をあげて泣き出してしまった。
なぜ哀しいのか、なぜ声をあげて泣いているのか、その理由はわからない。
不審に思う顕在意識は戸惑っているが、どうすることもできない。 心奥からの衝動。 ただ、もう哀しくて、鳴咽する私の声は教会内に木霊する。
神父さんが優しく見守っている中、ひとしきり泣きじゃくる。 このままでは帰れない。
「アリ、ごめんね。もう一度マリアの所へ行くわ。しばらく待っていて。」と再度、マリアの前へ行き、座りこむ。
本当に不思議だけれど、ここだよという場所になると、それまで居たたくさんの人々が見事に居なくなる。 その場にはいつも私一人が残される。 マリアの目を見詰め続ける。
「いいのよ。 いらっしゃい。 私の身体を使って、弥勒の世を共に創りましょう。」と話し掛ける。
イエスが苦悶したと言われる万国民の教会では、冷静にその波動を受け止められたのに、なぜマリアは私を呼び止めるのか。
マリアの波動は、一種、鬼子母神で感じたものと近く、激しく私の身体を揺さ振り、ハートを締め付ける。 波動が落ち着くまで瞑想を続ける。
その後、ゲッセマネの洞窟で御神業。

ベツレヘムは美しい落ち着いた街。
だけど、エルサレム同様、ユダヤ人地区とアラブ人地区は、はっきりとその様相を異にしている。
アメリカの黒人地区と白人地区を思い出す。
「人種の垣根、壊そうよ。 人種も、国境も、貧しさも、病気もない、幸せな世の中を創ろうよ。」と心の中で語り掛ける。
エルヤーベハネハボーダーヨーダー。

今日の最後は、ホロコースト慰霊館。
この建物には入りたくなかったらしく、アリは初めて「車の中で待っているから。」と私を解放してくれた。
600万人虐殺されたという、歴史上の瞬間を捉えた写真の一つ一つがこれでもかと迫ってくる。
ゲットー跡地に作られており、庭には世界各地よりの慰霊の木もあり、無名の犠牲者の碑が特に私の足を止めさせた。
内部回廊を歩いている間中「エルヤーベハネハボーダーヨーダー」「光明浄化・因縁消滅・波動浄化」を繰り返す。涙が静かに溢れてくる。
「辛かったね。 悔しかったね。 苦しかったね。 でも、もう救われた。 過去の苦しみ全てを今日解放して、悦びだけを感じよう。 もう、苦しまないで大丈夫。 あなたは幸せになった。悦びが一杯の、光の世界に入っていこう。 大丈夫だよ。」

内部で迷路に入ってしまった。 出口が見つからない。 またしても誰も居ない。
あれほど居た観光客はどこへ消え失せてしまったのか。 たった一人、音のない空間、悲惨な写真がどこまでも続く部屋から部屋へ、ただただ歩き続ける。
庭に出る。 庭にも誰も居ない。 幾つかの慰霊碑がひっそりと私を待っている。
それら一つずつ、T・H氏の御札を埋め、祈りを捧げ続ける。
心残りなく、浄化してまわる。
「さて、帰ろうか。出口を教えてね。」
再度、迷路に突入する。
「お願い。いつまでもここに居るわけにはいかないのよ。出口を教えて。私を導いて。」と心の中で語り掛けながら、苦しみの無音写真の中を歩き続ける。
同じような所をグルグルまわらされ、やっとの思いで車までたどり着く。人間の愚かさ、すさまじさ、狂気がたまらなく辛い。

街は観光客でいっぱい。 バスでいっぱい。 世界中から建都3,000年のフェスティバル
に人々が集まっている。 日本人の団体にも結構出くわした。 
「今日はまだ一回もキスしていないよ。キスしようよ。」飽きないねこの男は!!
「でも、これが日本人のマナーなの。文化なのよ。」 「僕は君と朝まで一緒にいたい。信じて
くれ。 君が望まない限りMake Loveはしないから。」 顔を洗って出直しておいで!と怒鳴りたいが、傷つけない様に、優しくオ・コ・ト・ワ・リする。
毎日迎えに来るというのも「お願い、私は一人でいたい。エルサレムを歩きたい。 この街を
感じたい。 だから一人にして。」と、3日後ガリラヤ湖に向けて出発するまでアリの申し出を断った。
良い人なんだけれど、私は一人でいたい。 バスでまわったり、探したりは大変疲れるとは思うけれど、明日からのエルサレム2日間は一人になりたい。
過去生でどんな関係だったのか知らないけれど、抱きつかれる度に波動が違うと感じる。 体臭もちょっと辛い。 安心できる波動ではないから、近いけれど、あまり良い関係ではなかった様に思うよ。 今日は疲れたな。
死海とは異なる波動のオーバーチャージをしてしまった。 頭がクラクラしている。 死海の波動は強烈だったけれど、ここエルサレムの波動は複雑だ。 ミックス波動で、どれも重い。


2月17日、イスラエルへ旅立つ私の歓送会をやろうということで、T・H氏、森本氏、M嬢、M嬢の友人 田中氏、1月22日に我が家に現われてそのまま住み着いてしまった千亜紀嬢、それに息子の友人 興一君と娘の理恵のメンバーでカラオケに行ったのだが、その時の写真を今日、エルサレムで現像した。
どのプリントにも興一君の笑顔がある。 なぜか興一君の笑顔を見ていると、身体から重い波動が消えていく。
「ありがとう、興一君。」と言葉にしてみる。
理恵がどんどん美しくなっていく。 この所、そのスピードが凄い。 写真に写る我が娘の愛らしさに、つい顔が緩む。
「理恵さん、とっても綺麗だよ。ママの誇りだよ。愛しているよ。」と口に出す。 この気持ち、娘に届くだろうか。
何度か理恵と話したくて、国際電話にトライするが、どうもうまくつながらない。 今日のホテル、YMCAでもトライしてみるが、寝ぼけた男で駄目だった。 直接ダイヤルインできない。何度かオペレーターにつないでも、待たされるのみ。 旅はまだ続く。 日本を忘れろということか。

月がとっても綺麗。
絵に描いたような月で、思わずカメラのシャッターを押す。
朝は雲一つない空なのに、午後からは常に鳳凰雲が出てくる。 大勢の人の祈りによるものであろうか。 アリがカメラを扱うのが面白いらしく、手放さない。 彼の所有物の中には、どうやらカメラがない様子。 私の手にカメラが戻ってくるのは別れる時だけである。
今日、別れ際、アリはまるで父親のように私を心配してくれる。

「スリが多いから気をつけなさい。」「お金は
ホテルのセーフティボックスに預けなさい。」
「道端で売っている奴等から物を買わない様
に。」「バッグに気をつけなさい。」「何かあっ
たら、すぐ僕に連絡しなさい。必ず僕がヘル
プするからね。」「日曜日には朝9時に迎えに
来るから。待っていなさい。他の車に乗らな
い様に。」「ガリラヤ湖では誰に会うの?その
時、ドレスを着るのかい?」・・・・・・
いい加減にして欲しい。 私が誰に会おうと、
ドレスを着ようが着まいが、(ドレスなど持
ってきていないけれど)あなたから指図され
る覚えはない。放っといてよ!と言いたい。


心配の仕方や気の使い方が今、こうして書いていて気になった。 浩さんに似ている。 父親の
ように私の行動の小さなことまで、一つ一つ注意して見ているし、自分が私に変わってやろうとする。
これって浩さんだ。もしかして、浩さんがアリにウォークインしたの?確かに、この旅に出る時、「浩さん、ずっと私についてきて、私を守ってね。」とはお願いしたわよ。
でも、ネ・・・。 まさか!? 常に私の側にいて、それこそ私の箸の上げ下げまで面倒を見て私を守る役割は、ガイド兼ドライバーはまさに打ってつけのポジションだ。
「君は特別の人。」「君を愛している。」「君は幸せかい?」「キスしておくれ。」「僕を信じて。」「僕達の心はお互いに深くつながっている。」「今、何を考えているの?」「何を祈ったの?」「僕のことを祈っておくれ。」「君が望まない限りMake Loveはしないから、朝まで君の側にいさせて欲しい。」「僕は眠らないで君を守っているよ。」「僕はマッサージが上手だよ。やってあげる。」「身体には毎日ボディクリームをつけなさい。ここは乾燥するからね。」「良いアイクリームがあるよ。目の周りにつけた方がいいよ。ほら、見てご覧。こうするんだよ。」「水を持ち歩かなきゃ駄目だよ。」「アラブ地区には入っちゃいけない。とても危険だよ。」「なぜキャッシュばかり使うの?クレジットカードを使った方がいいよ。」「君と僕は一つだよ。心でつながっているよ。」・・・・・・。
浩さんが18歳から19歳の頃、私に迫っていたのと同じパターンだ。 浩さんからの愛があまりにも濃密で、やりきれなくて逃げ出したことがあった。
毎日毎日、愛の集中攻撃を受け、疲れ果てた思い出。
「少し私を一人にして。」「私を放っといて。」高校生の時、浩さんに対して口にしてしまったこの同じセリフを、今日、私はアリに対しても口にしている。
あのマサダの砦で浩さんがアリにウォークインしたとでも言うの? それとも、ただの偶然? 何とか言ってよ。違うよね? 私の思い過ごしだよね。 浩さん、返事をしてよ。 泣きたくなってきちゃった。
寂しそうに帰っていったアリの後ろ姿。
違う。 浩さんじゃない。 マサダで何度も抱きしめられた時、私のハートは何かを感じて脈打ったけれど、安心感はなかったもの。 もし、浩さんなら、安心感があった筈。 違うよね。 
単に良く似た行動の男だよね。
浩さん、私はあなたを愛している。 アリは愛せない。 でも、アリの言動はあなたにそっくりだ。 この2日間、もう1週間も一緒に行動しているのじゃないかと錯覚するくらい、アリは私を包み込み、濃密に愛を口にし、私を呼吸困難に追い込んだ。 まるでその当時の浩さんのように―。
やめてよ。よして! 私を混乱させないで。
浩さんは浩さんのままがいい。 M嬢のチャネリングで「浮気するなよ。」とあなたが言ったとき、「そんなに心配なら、誰かにウォークインして私を愛してよ。」とは言ったわよ。 でも、料理をしながらのほんの戯れ言。 本気で言ったわけじゃない。
アリはその骨格、身長、体型、今思えば、浩さんに似ている。 言動だけじゃなく、似ている点はかなりあるけれど、私は浩さん、あなたを愛しています。
アリではなく、あなたが欲しい。

旅〜イスラエル編〜 第5章

平成8年2月23日

成田を出てからほとんどまともに寝られない夜が続いているが、常に意味がありそうな夢を見ている。見た瞬間には記憶しているが朝になると全く思い出せないという繰り返しだった。
ところが、今日は憶えている。どうして今日の夢だけ思えているのだろう。
昨夜、日記をつけていて、唐突にひらめいた浩さんとアリの共通性に驚き、浩さんがアリにウォークインしたの?との私の疑問にM嬢が夢の中で語った。
「そうだよ。ママの考えているとおりだよ。それが事実だよ。」と。
そして、もう一つ、別の言葉もあった。
「ママは昔、昔、ず〜っと昔の古い星から来たんだよ。ずい分長くこの地球に生きているけど、他の皆は、それ程長くないんだよ。」は、何を意味するのか?


[帰国後、私は多くの霊能者に会うことになった。 我が家にやってきて、そのまま住みつく人達が何人もいたのだが、一時、我が家の住人となったM青年やT・H氏を尋ねて、いわゆる普通じゃない各種各様の説明しきれない人たちとの出逢いの中で、私は魂の遍歴を伝えられることになった。
過去生の数々を教えられていった訳だが、それらの中に、この夢でM嬢が語った「長く生きている」という言葉と符合するものがあった。
一つは、秋田に住む霊能者グループの人から、「何万回にも及ぶ転生、本当に長い間御苦労様でした。 でも、あなたは遊びたかったのですね。 どうやら今回で転生は終りのようですね。」と労をねぎらわれ(?)やさしい愛に包まれた。
何もわからない私の「どういう意味ですか。 私は何者なのですか。」の質問に「あなたは地球創造以前よりエネルギー体として存在しており、北極神の一人で名前はクーフ(クーフだったか、ザリエスだったか、記憶が確かではない)と言います。」ということがあった。
又、新宿のあるホテルで、別の霊能者に会わされ、手をつなぎ、エネルギー交換をした時、彼女が急に私の手を放し、とても苦しいので、これ以上は手をつなげないということがあった。
その人は、この宇宙に三次元惑星としての地球を創造しようとした地球誕生推進派で、私はその時「そんな不自由な惑星なんて創る必要がない」という立場をとったのだそうだ。 いわゆる論敵(三次元的概念だが)というわけだ。
地球誕生以前から存在するエネルギー体ですか???
その後、何名かの霊能者と会ったときもそれぞれに同じようなことを言われる。
「浜口さんて長いヒゲがあって、何だか長老のような感じ。」というのもあった。
日本の神様で言えば、北辰妙見観音菩薩にあたるといわれたりもしたが、本人まるで心当たりなどあろうはずもないので、否定も肯定も、喜ぶことも怒ることもできず、ただただ記憶の一部に収めこむしかない。 本当だとすると、私の年齢って○○億才ってことになる。 アハハ、私ってもうヨレヨレかしらって笑うのみ。]


今日も素敵な太陽!
イスラエル観光局(三番町)の女性は、「エルサレムは寒く、ガリラヤ湖周辺はもっと寒いですよ。」と言ったので、持ってきたのはセーターばかり。
暑くてとてもセーターなんて着ていられない。Tシャツだけで充分の天候が続き、既に私は日焼けしている。
さあ、一人になった。今日は博物館へ行ってみよう。どうやって行こう。バス路線図を見るが、良く分からない。バスはやめて、やっぱりタクシーに乗ろう。
ホテル前にタクシーが並んでいる。イスラエルミュージアムに行って欲しいというと、「今は午前10時、ミュージアムは11時オープンだから、その辺を案内する。」との返事。
旧市街地の周りはすごい雑踏。 アラブ人、ユダヤ人、イスラム人・・・。 ありとあらゆる人種がとりどりの服装でひしめいている。 不安が首をもたげる。 小さな路地、物売り・・・。
オリーブ山の所でタクシーは止まった。
車外へ出る。 すぐに近づく数名の男たち。 てんでに「案内するよ。」「この写真いらないかい。」迫ってくる。 「NO!」と答えても離れない。 アラブ系の運転手に救いを求める。
「案内はいいからミュージアムに行って。」
参ったな、世界の聖地エルサレムは欲望のるつぼ。 神聖な気持ちなんて吹き飛んでしまった。アラブ系の運転手が、しきりに説明してくれるが、なまりがあって聞き取りにくい。 それにとても早口だ。 これならアリの方がどれほど良いか。 全身を鎧で包まねばならない。 一瞬一瞬神経を逆立てていたのではたまらない。
明日は旧市街地内を一人で歩くつもりだったが、にわかに不安になる。
ガイド嬢の言葉が甦る。
「路地がたくさんありますから、一人だと迷いやすいですよ。メインストリートだけを歩いて下さい。路地は危険です。特にアラブ地区には入らないように。」
車内からちょっと見ただけだけど、とても女一人で無事歩ける雰囲気ではない。 群がる男たちをそれこそ太陽の剣でバッタバッタと切り捨て続けなければ先へ進めそうにない。
運転手の人からも「注意して下さい。荷物を盗まれないようにして下さい。」としきりに言われる。 これは参った。
以前、サンフランシスコやローマの路地を一人で歩き回ったことがあるが、その比ではない。
癪だけど、アリに電話しようか・・・。
やたらキスしたがるけど、ノーと強く言えば止めてくれるし、ともかくアリがいれば、誰も近寄ってこないことは確かだし、会話のコツはお互いにつかんでいる。 必要な所へ案内してくれる。安全であることだけは確かだ。 まあ、夜になって考えよう。 ともかく今は博物館だ。

死海写本館、アートガーデン、考古学館、民族博物館、ユダヤ博物館、イスラエル絵画、近代アート、デザイン、抽象派・・・。
とても一日では回り切れない。 足の向くまま気の向くまま歩き出す。
最初に死海写本館に入る。 すごい。 死海文書からの波動が強い。 指先がジンジン鳴り始める。
死海文書が展示されているガラスケースの周囲には、見学者との間に、円形に大きく堀のような形で穴があけてあって、まるで神社のお賽銭箱のよう。 いくらかのお金がその穴に投げ込まれていた。 私もT・H氏の御札をこの中に投げ入れる。
写本館をぬけるとアートガーデンに出た。
ここは、Art Garden By Isamu Noguchiと書かれている。 一面ジャリが敷き詰められており、素適な太陽。 眩しいけれど快適。 ふらふらと散策して、
崖っぷちに腰をおろす。

ジャリをどけ、小石で固い土を掘り、御札を埋める。
立ち上がろうとしたとき、目に入った小さな小さな
黄色の花。 ここにもそこにも・・・。
直径5mmぐらいの花がジャリの間から覗いている。
すごいな。生命力って偉大だな。
「ありがとう、かわいいお花」と声をかけていると、
懐かしい風、やさしい風がやってきた。
ありがとう。すっかり心が和んで、博物館内に戻る
ことができた。

博物館がこんなにすごい波動を出しているなんて
知らなかった。当然といえば当然のことだが、物
言わぬ一つ一つの展示品が、その存在を訴えてく
る。
ギリシャの国立博物館は、金製品や装飾品がメインだったが、ここは生活そのもの。 人間てすごいなと昨日とは異なる視点で感動してしまう。
足の向くまま入ってしまったイスラエルアート館。
暗い! 終わりのない戦いを生きねばならなかった人間のやるせなさ、辛さ、魂の叫びが充満しており、私の心も引き裂かれてしまいそう。
光を求めているのはわかるが、その願いはどこまでも屈折した形で表現されている。 八方ふさがりの濁った重いエネルギーが館全体を包んでいる。
血塗られ、襲撃された家の立体アートもあり、不快感にせき込む。
「どうしてこんなもの、あえて創るのよ。」平和ボケの私は独り言を声に出す。 広島の原爆ドームが脳裏をよぎる。
二度と同じような間違いを犯さないためにとの願いで、修復を続けられるそれら記念建造物は、本当に必要なのだろうかとの疑問がわいてきた。
人間の心に憎しみや我欲、争い、競い心などの想念が全く存在しなければ、心に悦びだけが満たされていれば、これら悲惨なメモリアルは、むしろ無いほうが良いのではとの思い。 数え切れないほど繰り返される各地での戦いが、人間や地球に何をもたらしたのか、勝者も敗者も共に失う物が大きく、共に犠牲者であり、憎しみ、悲しみを生むだけのこと。
地球から全ての戦いがなくなる日がやってくることを私は強く望む。
歴史を残す必要性とは言え、アートでこうも人間の悪意をむき出しに見せ付けられるのには耐えられない。 アート館全体が澱んでいる。 頭痛がしてきた。
カフェテリアに入る。 新鮮な空気が嬉しい。 今日もすばらしい雲が空一面に広がっている。「これこそアートだよ。」とその雲を見つめてまた独り言。

再度チャレンジしようと再突入を図るが既にドアは閉まっている。
今日からシャバット。 ユダヤの安息日に入るため、クローズになってしまったらしい。
午後2時、仕方が無いからヤッフォー門の方へでも行ってみようと出口に向かうが出口にも既に鍵がかかっており誰もいない。 どこから外に出られるのか、静かな館内をあちこち歩き回る。車の通用門が開いていて、人がいた。
「ここから出てもいい?」「OK」さて、第一関門はクリアした。
タクシーは一台もいない。バス停はどちらかなと思った瞬間、男の声。
「What do you do?」「I want to go to Yahho Gate.」「OK.I will take you.」
助手席に座れと言う。 それが、こちらのマナーなの? アリもそうだった。 乗るとメーターが無い。 アレッ?ヤバイカナ?
「タクシーじゃないけど大丈夫だよ。僕はここで働いているアルバイトさ。」とのこと。
「いくら支払えばいいの?」しばらく私の顔をみつめて静かに答える。
「A half million.」馬鹿にするんじゃないの。 もちろんジョーク。 ともかくバスもタクシーもいない。 乗ることにした。
「何がしたいの?」「便箋を買いたいの。」「便箋なら事務所にいくらでもあるよ。封筒もあるし、待っていて。すぐ持ってきてあげる。」大量の紙と封筒をもらった。
アリの時もバスを降りてケーブル口に向かって、帰りはどうしようかなと思いながら歩いていると、向こうから声をかけてきた。
そして、今日、さて、どうするかと思った途端にまた声をかけられた。
二度共、私の「想い」と「声」の間に、いわゆる「時間」は存在していない。 これも神のおしくみなの? 私は守られているの? と問いかける。
でも、雲行きがちょっと変。 彼もどうやらせまってくる模様。
「エルサレムにボーイフレンドいるの?」「僕はあなたのボーイフレンドになりたい。」「あなたはなんて可愛いんだ。」「ファンタスティックだよ、あなたは!」「何がしたいの?ヘルプするよ。」「ベツレヘムには行った?」「何を買いたいの?安い所へ連れて行ってあげるよ。」
一体どうなっているの? 話の最中、彼の視線が粘っこい。 一寸した動作のとき、私の胸に触れたり、腕に触れたりで、危ないなこの青年!
彼はユダヤ人で、20代後半。 児童心理学を専攻している。 もっと学びたいのでアルバイトをしているのだという。
「僕は、まだ若いけど、あなたと仲良くなりたい。」「そう、でも私はとっても年をとっているのよ。」「いくつなの?」「いくつに思う?」「32才。」
嬉しいようなおかしいような、一人で笑ってしまう。 でも何とかしなくちゃ!
イタリア人もすごいけど、ユダヤ人まで手当たり次第、女を口説くとは思わなかった。
それも48才の太目のオバサンを。
まさか、また浩さんがこの学生にウォークインしたなんてことはないよね。
買い物の交渉から荷物持ち、私のズタ袋も彼の肩にぶら下げて、とにかく親切には親切なんだけど、このまま夜に持ち込みたくない。
ありがとう、神様。 私がどうしようと思うと、必ずサポートしてくれる人をあなたは送って下さる。 それには大変感謝いたします。 でも、愛の押し売りは勘弁して下さい。私は男が欲しいわけじゃない。 愛が欲しいわけじゃない。 無事、この旅を続けたいだけです。
この人にも感謝しますが、ぼつぼつ別れたい、と心に思っていたら、あともう少しでホテルに着くという所で、彼の車がエンストしてしまった。 

車が動かない。
この状況では、これ以上、私を口説けない。
ありがとう。 
すごいね。
神様はちゃんと私の心、読みとって願いをかなえて下さった。
彼には深く感謝してバイバイ。
明日、アリを呼ぼうかと一瞬ひるんだけど、私には浩さんがついているし、どうやらモーセも本当についている様子。
やめた。
アリを呼ぶと、きっと図に乗ってくる。
明日は明日の流れにまかせてみよう。
きっと私は守られるだろう。そういう事にしてしまおう。

東京に電話を入れてみる。やっと繋がったと思ったら、NO ANSWER!! 日本時間は夜11時半の筈。 どこへ遊びに行ったやら。 理恵もいないということはカラオケか? それともM嬢と共に森本氏の別荘へでも一泊旅行? どうも理恵と話をさせてもらえない。
どこにいるのかな、我が娘。 元気で楽しく暮らしているだろうか。 さらに美しくなっているだろうか。 別れてから、まだたった5日しかたっていないけれど、私の1日はとても長いからすでに1ヶ月位娘に会っていない気がしてしまう。


[この時、理恵はM嬢に連れられてクラブに踊
りに行っていたらしい。
夜遅く家に連れて帰ると、浩さんが仁王立ち
になって怒っていたと言う。
「気を使ってくれるのは嬉しいが、理恵の年
齢を考えろ。今何時だと思う?!」と語気も
荒く浩さんに怒鳴りつけられ、「ごめんなさい。
ごめんなさい。 私が間違っていました。 
二度とこのようなことはいたしません。」と
床に正座し、頭を床にこすりつけて謝ったの
だとM嬢から帰国後報告を受けた。
霊体がはっきりと見える彼女ならではの出
来事。]
        
私は、少し体重が落ちたようで顔も細くなってきた。 睡眠不足もあるかもしれないけど、何といっても食事の変化だろう。 こちらに来てからの食事は、野菜、野菜、野菜の毎日。
ほとんどの食事が野菜、果物、オリーブ、少々のチーズ、パン、コーヒーなので便秘をすることもなく体調が良い。 エンボケックのニルバナホテルで体重を測ったとき、出発してたった3日しかたっていないのに2kg減っていた。 まるで、ダイエットツアーだ。
不思議なことに、肉が無くても、魚が無くても苦にならない。
朝、自分でもビックリするぐらいたっぷり食べてしまうので、それ以降は、それほど食べたいという欲求が起きてこない。
日本から持ってきた梅干しやお茶、おせんべいなど全く手をつけていない。 シンプルな素材中心の食事だからだろう。 充分満足しているので日本食の必要性を感じない。 本当に私は世界中どこでも生きていける人のようだ。 日本では嫌われる細長いお米も、こちらではバターライスになっているので、とても美味しく食べられる。
あえて難を言えば、煮野菜(根菜類)に不足していることだろうか。
昨夜は、トマトスープとほうれん草パイ(ホームメードでほうれん草がたっぷり入っていた。珍しく味付けが濃く、ちょっと塩が強かった)のみで夕食を済ます。
これまでの旅というと、いつもビジネスがらみなので、行く先々で接待を受け、格式高いレストランでたっぷりのごちそう(肉や魚、チーズなど)とたっぷりのワインで、必ず便秘となり、3kgは体重を増やしての帰国だったが、今回はノービジネスで、気軽な一人旅ゆえ、夕食は快適でヘルシー。 帰国するまでには5kgは減量できそうな流れだ。
一人っきりで過ごす夜も随分久しぶりだし時間がたっぷりあるので、顔のマッサージでもして眠ろうか。
日本にいるときは毎日がにぎやかで、静寂の時間など無かったな。
ある日やってきた人がそのまま住みついてしまったり、次々と訪問客があらわれ・・・・
20人ぐらいが集まってワイワイパーティーになってしまったりで、毎日、その人達の食事を作ったり片付けたりに追われる日々だった。


本当にどうなっているの?
お風呂に入って遅い夕食をホテル内のカフェテリアでとるために、ノーメークのまま降りて行った。 イタリアンサラダと一杯のワイン。 それで、本でも読んで眠るつもりだった。
隣のテーブルに一人でやってきた男が座った。
「どこから来たの?」話かけてくる。「From Tokyo.」私のテーブルに座って良いかと言うので「もちろん、どうぞ。」の会話が始まった。 彼の名前は聞いたが忘れてしまった。
ユダヤ人で、このホテルの近くに両親と一緒に住んでいると言う。 背が高くて、引き締まった身体、年は40才ぐらいだろうか。 軍の仕事をしているが明日はシャバットで休日だから旧市街地内を案内してあげよう。 夜はYMCAでダンスと音楽の夕べがあるので一緒に参加しようと言う。 わかりやすい英語でとてもやさしい響きの声の持ち主。 ホテル内の人達(特に警備)と親しそうだ。
明日、旧市街地内を歩くことにしているが、本音は一人で歩くのが不安だった。
どうしてそれがわかるのよ。彼も神からのプレゼントなのだろうか。
私はどのように見えているのだろう。 男漁りしている年増女? なぜ、こうも次々と男がやってくるのか。
変だな。 この男に対して、なぜか緊張感が無い。 ふわっとしたやさしさで包みこまれている。よほど女性扱いが上手いのか、警戒心が沸いてこない。
「夜景がきれいだから、散歩に行きましょう。」と手を取られ、抵抗なくついて出てしまった。歩いている間、手の甲にキスしたり、肩を抱いたり、アリと同じだけれど何かが違う。 嫌じゃない。 まるで、緊張感がおきないのだ。 やさしく肩を抱き寄せられたとき涙が出た。(?)心地良い。(?) おかしいよ、私。 一体私はどうなっているの?
物静かな語り方、背中にまわしてきている男の手の温もりに安心感さえある。 くつろいで、全く無防備な自分の心に戸惑っている。
変だよ。 何かが変だよ。 まずいよ、これは!

「ママは大丈夫。導き手がその都度現われるわ。」
そう、当たり。 大正解。 困ったなと思うと必ず向こうから私の望みをかなえてくれる人間が現われる。 でも、男ばかりだよ。 それも、揃いも揃って、皆、口説いてくる。
私が誘っているの? 私がそれを望んでいるというの? M嬢のいう「白髪の老女」はまだ現われない。 「通訳はいらない。」 確かに通訳はいらない。 会話は成り立っている。

コーヒーショップへ入る。 なぜか、彼はビューティービジネスについて知識がある。
「AHAVAは良い化粧品だが、もっと優れた死海商品がある。 AHAVAは歴史があるから広く知られているだけだ。 これからは<ドクターノア><エンゲディ>の方が伸びるだろう。必要なら、資料でもサンプルでも送ってあげる。 友達になろう。 僕が日本へ行ったり、きみがエルサレムに来たり、手紙を書いたりしよう。 ビジネスのヘルプもするよ。 何でも欲しい情報があるなら、伝えてくれ。すぐ手配する。」
手が込んできた。 ただの口説きから私の痛い所をついてくる。 嫌でも心が動いてしまう。
でも、助平心は持たないようにしよう。
夜の散歩で、ホテルから旧市街地が実に近いということがわかった。 それが収穫かな?
明朝9時半に迎えに来ると言う。

シティソルジャーが護衛につくのだもの、安全は確保されたが別の心配がある。
お願いだから、それ以上やさしくせまらないで!警戒心が起きてこないその波動が恐い。
彼は、アリや今朝の学生のように、言葉ではせまってこないけれど、身体の動きがなめらかで、自由自在に私をコントロールしてしまう。
いつのまにか抱き寄せられ、いつのまにかキスされている。
わざとらしさが無く、自然そのまま。 私は風に抱かれているかのよう。

一人旅は、今回が初めてじゃない。
これまでも、何度か世界各地を一人で旅し、いろんな男が現われはしたが、私のお供は常に警戒心。だから、いつでも、どんな状況も切り抜けてきた。こんな男性は初めてだ。
まるで催眠術でもかけられ、意志を喪失した人形のように、私は操られてしまう。
心身がリラックスしてゆるんでいる。 このままだとマズイことが起きてしまいそう。
彼は何者なの? これが、神の、豊玉姫からのプレゼントだというの? それとも悪魔の誘惑?神からのプレゼントだというなら、注文をつけさせて欲しい。 口説きなしで、Make Loveの危険性のない、ただ、ただ親切で安全な騎士を送って下さい。 お願いします。
私は、Make Loveへのゲームはしたくない。友情だけの方が、何倍も好きなのです。

旅〜イスラエル編〜 第6章

平成8年2月24日

朝6時半、バスタブにお湯を張り、塩とエッセンシャルオイルを数滴落とす。
いい気持ち。 日本では味わえない落ち着いた時間を楽しむ。 優しい波動、充足感に包まれ、まどろむ。 汗が出てくる。 火照った体を冷たいシャワーで引き締め、一日の行動が始まる。
レストランでゆっくりとした朝食をとり部屋に帰ってくると、バスタイムに使用したエッセンシャルオイルの残り香が迎えてくれる。 ありがとう。
自然に笑みが出てくる。 酔い痴れるような豊かな一日の始まり。
でも、その心地よさは、長くは続かなかった。
次第に別の波動が静かに入ってき始め、全身を包むのに時間はかからない。
この波動は何? 誰? どんどん強くなってくる。 頭が重い。
「太陽の剣」と「豊玉姫」の写真を両手に挟み、波動浄化をする。そのまま瞑想に入る。

旧市街地へ昨夜のシティソルジャーと出かける。
聖墳墓教会内は祈りを捧げる人たちの歌が流れ、どこからも波動が強い。 体内がざわめく。
なぜかマリアの部屋が最も私を引き付ける。
足が止まる。マリアに特別な感情など持っていないのに、なぜなのだろう。  
カメラのフィルムが切れる。 「ここで待っていて。僕が買ってきてあげるよ。」とシティソルジャーが私から離れると、すぐにまた背中から男の声。 「どこから来たの?」毎回同じ質問。
いいのよ、放っといて。 どこから来てもいいでしょ。 宇宙から円盤に乗ってやって来たのよ、とでも答えてあげれば満足かしら!?などと思いながら振り向いて驚く。
よしてよ。 今度は13歳〜14歳位の少年。
「案内してあげる。」「ありがとう。 でも、大丈夫。 友達がいるの。」マリアの部屋で私と少年は二人っきり。 観光客は皆、姿を消している。もっと話したいという少年のそぶりを無視して私は祈る。
祈りながら昨夜の自分の願いを思い出し、苦笑してしまう。
神よ、この少年が私の願いに対する答えなのですか? ありがとうございます。
確かにこの少年なら、愛を口にしないでしょう。 Make Loveへのゲームも関係ないでしょう。でも、この複雑な旧市街地内を歩くには、少年より大人の方が安全な気がします。
外見で判断してはいけないのでしょうが、むしろ私の方がこの少年の面倒を見てあげなければいけないように感じてしまいます。 私の願いに早速答えて下さったことには大変感謝しますが、もう少しシティソルジャーに付き合ってもらうことにします。
ありがとう、見知らぬ可愛い少年さん。 心の中で一人対話を続ける。

マリアホスピス、ドイツ教会など、内部をグルグル廻って歩く。 

波動のピークは「嘆きの壁」。
この壁全体が見下ろせる高台についた時から喉が絞めつけられ、苦しくなってくる。 咳が出る。苦しくて涙が出る。 こんな遠くからじゃなく、今近くへ行くから待っていて。
今日はシャバット。 撮影禁止なんだけど、シティソルジャーが守衛の女性と話しをしてくれて、一枚シャッターを押すことができた。
黒の山高帽子に黒のスーツ、もみあげを長く伸ばした正統派ユダヤ教信者たち(初めて目にする人たち)を横目に見ながら嘆きの壁に近づいていく。
両手と額を壁に付けて「エルヤーベハネハボーダーヨーダー」「光明浄化、因縁消滅、波動浄化」の言葉を繰り返す。
全身がたわんでくる。 歪みを感じる。 私の身体が壁の中へ融合して入ってしまいそう。
石壁がとても柔らかく感じられ、両手、額を当てている部分が、その形のままに凹み、意識をしっかりと固定していないと、まるで映画で見た次元の壁を越えるように身体全体が壁に吸い込まれていきそうな感覚に包まれる。

あちこちで歌っている人たちがいる。
聖書を読んでいる人たちがいる。
私は入念に、何度も何度も祈りを続ける。
突風が来た。 届いたのね、私の祈り。 風が止まらない。
「そう、私はこのために来たのよ。」と思いながら、ふと「なぜ来たの?」「本当に来る必要性、必然性があったのかしら?」の思いがよぎる。

なぜなんだろう。
なぜ、私は遥々このイスラエルに来なくてはならなかったのか。 ユダヤ教でもキリスト教でもなく、宗教そのものに全く関心のない私が、なぜ、ここでこんなことをしているのだろう。
私の過去生がここにあった?
私のサポート役として今日までに現われた4人の男達。 それぞれに皆、何らかの関係があった魂の持ち主なの? 彼らとの過去を浄化、清算する必要があったの? 真実はどこにあるの? 教えて欲しい。 何が真実か。 一体私は誰なの?

ウォーク、ウォーク、ウォーク。 方向はまるでわからない。
路地から路地へ、シティソルジャーの導くままに私はただ歩き、御札を納め、祈り続ける。 
辺りが次第に暗くなる。 雨雲が出てきた。 雨粒が一つ二つ落ちてきた。
「もうすぐ降るよ。」とシティソルジャー。
「大丈夫、降らないわよ。私が祈るから。」不思議そうな顔で見つめられる。
「君が祈れば、雨が止むのかい?」「そうよ、雨は止むわ。私がそのように祈ればね。」
納得していない顔。
「じゃぁ、見せてあげる。雨雲を消してあげる。」
私は歩きながら祈りを天に送る。
雨雲の姿は私の祈りに呼応するかのように消えてしまった。 青空と太陽が出てきた。
今日の風の吹き方でわかるのよ。 天は私の願いを叶えてくれると。 自信があった。
でも、シティソルジャーはわからない。 いいのよ、ただの偶然よ。
「信じなくていいけれど、私が祈ると必ず太陽が出てきて、風が吹くのよ。」と話しかけながら、なぜ、今、私はこれほどの強い確信を持っているんだろう、私の祈りで雨は止むという揺るぎ無い自信はどこからやってくるのだろうと自分の内側を凝視する。

歩き疲れて、カフェテリアでコーヒータイム。
ぼつぼつシティソルジャーの動きがおかしくなってきた。 何気なく手を回し、肩を抱く。
歩きながら頭にキスをする。
「ごめんなさい。私はMake Loveが好きじゃないの。理由は聞かないで。私には上手く説明できない。ともかく、好きじゃないの。」と言ってしまう。
「恋人はいないのか?」「いないわ。」「なぜ?」「私には素適な友人がたくさんいて、とても幸せな毎日なの。特別な人は必要ないのよ。」「友人と恋人は違うだろう?」「私は恋人より、友人の方が好きなの。」・・・・・・会話は続く。
「日本に行けば仕事は見つかるだろうか?」「仕事を見つけるのは難しいでしょう。」「部屋代は高いのか?」「高いわね。」
なぜ、アリもこの人も日本へ来たがるの? 今が幸せじゃないのね。
「君の家に一緒に住めないのか?」 幸せになりたいのね。 アリもこの人も、どこか心の奥に寂しさを秘めている。 その寂しさを埋める何かを探している。
でも、これ以上私はあなたたちの寂しさを吸い取ってあげることはできない。 あなたたちは自分で幸せを見つけて欲しい。 そう心に願う。

彼は寒気を感じ始めたようだ。 頭痛がすると言う。
「それなら、早く帰って薬を飲んで、ぐっすり眠りなさい。」「ちょっと家で休んで、夜迎えに行くよ。 食事を一緒にしよう。 ダンスパーティもあるし。」「だめよ。明日は仕事でしょ? おとなしく眠りなさい。 私は一人で平気だから。」
ありがとう、神様。 あなたが彼を去らせてくれたの? もしそうなら、本当に感謝します。
このまま夜まで一緒にいたくない。 彼の波動はとても優しく、私を大きく包み込んでくれるけれど、それだけでいい。 Make Loveへのゲームはしたくない。
「ともかく、夜電話するよ。」と寂しい背中を見せて彼は帰っていった。
お願い神様、彼を眠らせて下さい。 再度、私のところへ寄こさないで下さい。 もう、充分彼を癒しました。 過去に何があったか知らないけれど、彼と私のカルマは消せるでしょう。
そうか、そうなの? この旅は私のカルマを消す旅なの?
こんな話、他人が聞いたら「何を馬鹿なこと言っているんだ!」で片付けられてしまうでしょう。あの少年には冷たくしてしまった。 ごめんなさい。 あなたはとても可愛かった。 この気持ちだけで許して下さい。

ホテルに戻り、ホッとする。 精神的に疲れてしまった。
こんな時は興一君の波動だ。 写真を取り出す。
頭の先から爪先まで興一君の波動が入ってくる。 ありがとう。暖かい。
両手で写真を挟み、そのまま瞑想に入っていく。 身体の緊張感が溶け、解放されていく。


興一君は息子の友人で、高校生の時、鹿児島から転校、息子と同じクラスに入り、転入したその日に我が家に遊びに来たのだと言う。
残念ながら、その当時、私はサロン経営で超多忙の生活をしており、毎日のように我が家に来ていたらしい彼を良く憶えていない。
他にも3〜4人男子学生がいつも息子の部屋で遊んでおり、「こんにちは」「いらっしゃい」くらいの言葉をかけてはいたものの、誰が誰なのか見分けることなどなかった。
高校を卒業して、息子はオーストラリアへ留学。 正月に帰国している時、連日連夜我が家にいたのが興一君だったらしいのだが、その時も、単に明朗闊達な男の子という印象だけだった。
夫が体調を崩し始める頃から、彼は時々我が家で夕食の席に共に着くようになり、その頃から個人的会話をし始めるようになった。
夫の死後、T・H氏が現われ、「興一君とエネルギー交換をしてみなさい。」という言葉で目を閉じて両手をクロスさせ、二人で手をつないだことがある。
その時、不思議な体験をした。

無重力・漆黒の闇の中心で、私は胎児のようにフワフワと漂っていた。
光はどこにもない。
どこまでも続く静寂の闇は、まるで揺り篭のように暖かく私を包み込み、守ってくれる。
羊水に浮かぶ胎児のようにひとかけらの不安もなく、安心しきってその闇に身を任せて眠り続けている私の姿がそこにあった。
無垢の空間。 光はないのに、愛そのものの闇の中で至福感に包まれ、癒されている私がいた。

その日以来、興一君の波動はとてもうれしく、懐かしく、私を癒し、解放してくれる。
夫の死後、息子はどうしても、再度オーストラリアに帰ることを決め、私と理恵、二人きりの生活を心配して親友である興一君に自分の部屋を明け渡すので、下宿して欲しいと頼んだらしい。下宿代は一切要らないし、食事代も必要ないので、ともかく、自分の替わりとして母と妹を守ってくれとしつこく頼み続けたようだ。

私がイスラエルに旅立つ一週間前の2月11日、理恵を豊島園に連れて行ってくれるということで、朝、興一君が迎えにやってきた。
「じゃあ、お願いしますね。」と娘を送り出そうとすると、「お母さんも一緒に行くんですよ。 そのつもりでもう一人友達を連れてきましたから。」と言う。 見ればやはり、何回か息子の部屋で見覚えのある顔、松浦君が満面の笑みで玄関先に立っている。
「え? 私も誘ってくれるの? 私はいいのよ。 若い人たちだけの方が楽しいでしょ?」
結局、興一君の強い勧誘で不可思議な年齢構成(21歳の青年二人と14歳の娘、そして48歳の私)のダブルデートとなった。 嬉しいような、面映ゆいような、複雑な心境で彼らのリードに任せて、1日遊園地ライフを楽しんだのだが、園内を歩いている時、自分の内に異様な感覚がおき始め、顕在意識がその不思議な体感と闘い始める。
私の目がどうしても興一君の掌を追ってしまうのだ。
あの掌に触れたい、あの掌に自分の掌を重ねたいという衝動。
この感情はどこからやってくるのか。
ともかく、掌だけが大きくズームアップして私の心を捕えている。
顕在意識で無理にも潜在意識(?)を押え込んでいると、別の衝撃が起きてきた。
興一君が私の前に立つと私の身体前面に、背後に立つと背中一面に、右側に立つと右半身、左側に立つと左半身に、痺れが広がる。
初めての体験であり、自分の意志や意識ではどうにもコントロールできない。
「いけないよ。いけないよ。」と自分の心にセーブをかけ続け、何とか痴女まがいの行動を起こすことなく豊島園を去ることができた。
平常心と自然心というのか、顕在意識と潜在意識の葛藤で、疲れてしまった。
一緒に遊んでもらったお礼として、家の近くにある行きつけの炉端焼き「たんぼ」へ4人で入り、歓談をし、別れ、私はその日の疲れをゆっくりとお風呂で解放した。
それでこの日の思い出はフィニッシュの筈だった。

ところが後日、別のストーリーを聞かされることとなった。
娘によると、私は「たんぼ」で興一君と掌をクロスさせ、泣きながら「会えて良かった。」と口にしたと言う。
はじめは冗談かと思い、笑って聞いていたが、娘は何度も真剣に伝えてくるので興一君にも聞いてみると、娘の言う通りだと言う。
「僕もお母さんと同じ気持ちになって、涙が出てきました。 お母さんと僕の心はひとつだと思いました。」との返事。
全く覚えのない出来事に戸惑う。 酔いすぎての記憶喪失ではない。 家に帰ってお風呂にも入っている。
何とも奇妙な話だが、いくら思い出そうとしてもその部分は全く記憶のかけらもない。
完全に無意識下の出来事のようで、豊島園での奇妙な衝動や体感と重ね合わせて考えると、どうやら魂レベルでの深いつながりがあったのだろう、と考えるしかない。

そんな不思議なつながりが見えてき始めた興一君が、旅立ち前夜のカラオケ歓送会で口にした言葉がある。
「お母さん、あなたはわかっています。 わからない振りをしても駄目です。 本当はわかっていますよね。 あなたは自分のやらねばならないことをやるのです。 僕は今の人生では年下で若いけれど、魂にとって三次元の歳なんてたいした意味はありません。 魂レベルでは僕の方が年上かもしれませんよ。 あなたはやるのです!」
この言葉は何のためにイスラエルに行くのか、自分で良くわかっていないことについて話した時の彼の反応である。 彼は酔うと別人格が出てくるらしく、自分でもそれを感じていて、21歳の自分と何歳かわからないが、とてつもなく大きな破壊力を内包する別の自分の存在を認識し、付き合っていると言う。
酔った時の興一君は誰なのだろう?
T・H氏によると、魔界のプリンスということだが、誰でもいい。 私は彼の波動の中にいる時、心身がとても楽になり、癒される。


興一君の写真から出てくる癒しの波動で、ゆったりと瞑想状態に入った私はモーセに呼びかける。
「モーセよ、私を守ってくれるというモーセよ、私の願いを叶えて下さい。 昨日、私の守護として遣わされたあなたの民、シティソルジャーをこのまま朝まで眠らせて下さい。
もし、起き出すような時には頭痛と発熱を与え、電話さえできないようにして下さい。
そして、明朝は以前にも増してはつらつと快活な身体に戻してあげて下さい。
私は今夜、このまま一人で過ごしたいのです。 とても優しい方を送って下さり、感謝しております。」この願いを瞑想中、5回繰り返した。
サポートしてもらったことは事実だし、彼に感謝しているものの、彼は女性の扱い方が上手すぎる。 いつのまにか抱き寄せられ、いつのまにか優しくキスされている。 私はそれを望まない。
モーセはこの願いを叶えてくれた。
彼から電話も入ってこなければ、迎えにもやってこない。 すごいよ。 本当にすごい。 
モーセさん、ありがとう。
「浜ちゃん、モーセを憑けたから大丈夫だよ。 旅の間中、困ったことがあったらその都度モーセに頼みなさい。 君の願いは全て叶うから。 何も心配しないで行っておいで。」と言ったT・H氏の言葉が改めて響いてくる。
それでは今ひとつ、お願い事をしてみよう。 ちょっと辛いけど、シビアなお願いです。
「明日、ティベリアに向けて出発します。 キブツで生活しているMs.Hと電話で話したり、『地球の歩き方』を読んでみると、ヨルダン川の源流であるバニアスの滝へ行くのはとても大変なことだと気づきました。 イスラエルの北の端で、バスもなければ、タクシーもないと書いてあります。 そしてMs.Hは車を持っていないし、免許もないとのこと。 ここまで来てバニアスの滝へ行かないなんて、そんなことはできません。
死海が、それこそ死にかけている現在、ヨルダン川を蘇らせるために、その源流まで私は行かなければなりません。
大変な行程になるようだけれど、明日迎えに来るアリに何とかお願いして、まずバニアスまで行き、ティベリアに戻ってくるというスケジュールを納得してもらうしか方法がなさそうです。
もちろんアリはOKと言ってくれるとは思いますが、彼はプロのドライバーです。 その分、ギャランティしてあげなければいけませんが、ぼつぼつ私の手持ち現金の底が見え始めています。どうも、旅の最後までお金がもたない。 バニアスとガリラヤ湖の周りを全て廻ると、2日はかかるでしょう。
アリは男としてではなく、友人として私の交渉を受け入れてくれるようサポートして下さい。
ガリラヤ湖で三泊して、再度テルアビブに戻りつくには、すでに彼のギャランティを相場の半分にしてもらっているのですが、それから更に半分くらいにしてもらわないと駄目かもしれません。
モーセさん、身勝手なお願いではありますが、どうぞ、アリが了解してくれるようサポートして下さい。」

夜7時、シティソルジャーから電話が入ってこないので、安心して1階のレストランへ降りていく。 ここに着いてから気づいていたのだが、なぜなの?
レストランの厨房にいる男達が全員私を見つめている。 連日、彼らの視線を感じていたのだが、今日はわざわざ厨房から出て、レジのところでじっと私を見つめている。
肌をあらわに見せているわけでもないし、ミニスカートをはいているわけでもない。
普通のTシャツにジーンズ、スニーカーにウエストポーチという服装だし、スタイルがよい筈もなく、美人でもない。 それなのに連日、この男達は私の姿を目で追い続けている。
女の一人旅がそんなにめずらしいのかしら。 それにしたって、毎日見つめるような出来事ではないはず。 私の服装で妙なところがあるとすれば、首からぶら下げている大きな数珠ひとつ。
そうか、この数珠に興味を示しているのかな。 浅草の仲見世で6,000円で買った数珠にT・H氏が守護の波動を入れてくれたもの。 最近の私は良いも悪いも波動を受け易く、邪波動を吸い込みすぎると身体がもたないからと今回特に持ってきた。 今回の旅は波動の旅だから、連日Tシャツの上から数珠をぶら下げている。
眠る時しか外していないから、その違いはわからないが、聖地エルサレムは死海より邪波動が多い。 路地を歩くと頭痛が凄かった。 数珠がなければ、私はもっと苦しんでいるのだろうか。
聖地エルサレムは欲望の地であるようで、そういう意味から私は今ひとつエルサレムを好きになれない。 雑多な人種が入り乱れ、欲と欲が角突き合わす街。 それが、聖地エルサレム。
モーセやダビデ、イエスにマリア、その他多くの先人たち、すばらしい人々や神々が生きてきた街なのに哀しいな。 何とかしようよ、モーセさん。
私はお役に立てないかもしれないけれど、協力します。 やってみます。 マリアだって泣いている。
皆で心をひとつにして弥勒の世を作っていこう。 天地和合、万物和合で波動調整していこう。何程のことができるのか自分では全くわからないけれど、イスラエルにいる間は私の身体、想念で浄化し続けます。
もっと明るく、さわやか、クリーンなエルサレムにしていきましょう。

旅〜イスラエル編〜 第7章

平成8年2月25日

昨夜は、身体がだるく、10時前にベットに入った。 とても楽しい夢を見た。
高校2年生の時のクラスメートが大勢出てきて、一緒にワイワイおしゃべりしたり、お酒を飲んだり、近藤君、三好君、藤本君、林善ちゃんの顔もあった。 浮き浮きしてくる。
大学生活終了までが私の人生の第一ステージとするなら、高校2年生のこの時期が第一ステージのピークを彩った季節といえるだろう。
17才の青春真っ盛り、演劇部長として県大会に出場、私たちの出場作品「夕鶴」は2位となり、中国新聞社より、個人として演技賞を授与された。
この時、1位を競い合った学校の主役を演じていた河野美代子女史とは広島大学で再度顔を合せることになり共に演劇活動を続けたのだが、彼女は現在広島で元気印の産婦人科医師として、幅広い活躍をしている。
「さらば哀しみの性」というタイトルで、女子高生の性につき、医師兼カウンセラーとして現場から、多くの警鐘を鳴らす本を出版してもいる。

心の片隅に、初恋の男性に対する切ない想いを秘めながら浩さんの激しすぎる求愛のど真ん中にもいた。
「愛している。」「結婚したい。」「結婚相手はたあこしか考えられない。」 私をたあこと呼ぶのは地球上で浩さんのみ。 彼の激しい求愛の波に巻き込まれつつも、当時の私は心が幼く、「愛」とか「結婚」という言葉になじめなかった。 現実感がなく、むしろ不安さえ感じたこともある。
毎朝、学校(広島県立呉三津田高等学校)の近くで(彼の家は学校の側にあった)、木刀の素振りをしながら私の登校を待っている。
放課後も、太平橋(木製の小さな橋)の袂で土手に座り、タロウ(彼の愛犬)と共にギターを弾きながら、クラブ活動で遅く下校する私を待っている。 家まで私を送ってきて、夕食を我が家で共に食べる。
夜8時頃、彼はいったん自分の家に帰るのだが、真夜中になるとタロウを連れて私の部屋の前に立つ。 私の部屋は、道路に面しており、大きな窓はスモークガラスとなっている。
ガラス越しに走ってきたタロウの息遣い、浩さんの息遣いが伝わってくる。 呼吸音だけの静寂の中、私は苦しかった。 もちろん真夜中の訪問時、彼は声をかけたりはしない。 しばらく窓の前に立ち尽くしているだけではあるが、その間、私は息を殺し、彼とタロウが、窓の前から立ち去ってくれるまでの時間を耐える。 彼とタロウの気配が消えて、やっと安心して眠りに入るという毎日だった。
激しく濃密すぎる浩さんの求愛に幼い私の心はついて行けなくなり、何度か彼を遠ざけたりしたが、そんなことで怯むような人ではなかった。
ある夜、私の不得意だった漢文を教えてあげると言って彼は遅くまで私の部屋に居続けた。
そして、勉強中、彼の手が肩にかかり徐々に私の顔を引き寄せる。
どうしよう、どうしよう。 心はうろたえる。 焦るもののどうすればよいのか、幼い私にはなす術はなく、浩さんからのファーストキッスを受けてしまった。
その瞬間、部屋のふすまが開き母が現われた。
気まずい空気の中、母の口調は優しいけど、娘との交際はしばらく中止してくださいと伝えた。 
彼の両目からは大粒の涙が静かに流れ続けていた。
こんな遠い思い出にしばらくまどろむ。 夢のせい。


朝食のレストラン、客たちが真剣な顔で何事かをあちこち固まって話し合っている。
聞き耳を立てる。
どうやらつい先程、近くのバスセンターで爆発事件が発生したらしい。 アラブ人が爆発物を身につけ、自らの命と共に約20人を道連れに爆死したらしい。
そんな会話が途切れ途切れに聞き取れた。
そう言えば先程思い出にふけっている時、バスが壁に激突したようなドカーンという大きな音がしたが、のんきな私は大きな音がしたというだけで、それ以上何も考えないし、感じてもいなかった。
まだ続くのか、悲惨な戦い。
神よ、あなたは何を望む。 もうよしたらどうだ。 愚かで哀しい、そして一途な人間の犠牲をいつまで望むのか。
客たちの話が一段落した後、お互いに「ミステイクしないようにね。」の声。 
その言葉に私は戸惑う。
どの道を選ぶかで今日の生命がかかっている。 そのことを知った上で、さりげなく「ミステイクしないようにね。」の一言で別れていく。 この人たちの潔さ、静けさ、誰一人興奮する人もいなければ、近くである現場へ行ってみようとする人もいない。
「今日は、雨が降りそうだから傘を持った方がいいわね。」とでも話しているみたい。
同じことが、日本で起きたら野次馬を含めて大変な騒動であろう。 この人たちの冷静さに生きることの質の違いを見せ付けられた。
今日の生命は神のみぞ知る。

事件現場と私の宿泊先YMCAは目と鼻の距離。 多くの人に心配してもらったらしいのだが、帰国後、この事件についてM嬢から詰め寄られる。
「ママ、どう責任をとるつもりなの?! あの事件はね、ママが原因で起きたのよ。ママがエルサレムに入ったことでエルサレムの磁場が変ったの。 それであの事件は起きたのよ。」
責任をとれと言われても、何を責められているのかさえ腑に落ちない私は黙ってM嬢の言葉をやり過ごすだけ。

部屋に帰ってくる。 外が騒がしくなってきた。 サイレンが鳴り響いている。 波動が重い。頭がぼやけてくる。 ハートが痛い。 ともかくチェックアウトをしよう。
フロントでアリが緊張した顔で待っている。
「いま街がとても緊張している。 何が起きるか予測がつかない。 人の心を刺激してはいけないので、2人で並んで歩くことは避けよう。 ここにメモを書いたので、このメモのものをドラッグストアで買ってきなさい。 僕は荷物を入れて車の中で待っているから。」
辺りを注意深く見回しながら、アリはピリピリしている。
一人街に出る。 歩いている人は少ない。 静かだ。 街全体が息を潜めている。
エルサレムの街から離れると、やっとアリの波動が和らいだ。 
砂漠を通って、サンジョルジュへ向かうと言う。 サンジョルジュが何なのか私には解からないが、「素晴らしいところだよ。是非君に見せたい。」と張り切っている。
木は一本も生えていない砂漠を走る。 途中、急に強い波動に包まれた。 胸が苦しい。 せつない。 涙が静かに頬を伝う。 理由は分からないが、涙は拭いても拭いても溢れてくる。
「なぜ泣いているの?」「解からない、ただ泣きたいだけ。」理由はすぐに分かった。
サンジョルジュ修道院だ。
アリが見せたがった理由が分かる。 切り立った崖の下に、修道院が作られている。 とても美しい。 懐かしい。 ここに来てほしかったのね。
ギリシャの聖人2人がこの地に来て、地から食物を出したという。
聖人の名前はアルティドクス(?)。 ここだけ少ないけど樹木が茂っている。 周りは草ひとつ生えていない砂漠の中。
この聖地に480年、エジプトのテーベから来た聖ヨハネが修道院を建て集団生活を始めたという。 私は長い瞑想と祈りを捧げる。
瞑想している間に、アリが友達だよとパレスチナ人の男性を一人連れてくる。
その人から私はビーズで作ったブレスレットをプレゼントされた。



その後エリコへ向かう。 エリコはパレスチナの管理下にあり肥沃な土地。
二つの山から甘い水が集められているから、エリコは常に緑溢れる街なのだと教えてくれる。
アリの求愛が始まった。
「どんなに僕が君を愛しているか、君には解からないだろう。」「僕は、この2日間君のことばかりを考えていた。」「僕を日本に呼んでほしい。もしそれができないのなら、君は近いうち再度この地へ戻ってきなさい。」「日本へ帰ったらイスラエルに戻ってくるまでの間、毎週一回、必ず僕に電話をかけなさい。」「君は僕を忘れてはいけない。二人は特別な間柄なんだから。」
一方的な話に私は答える元気がなくなってくる。

そうしている間にも、車はどんどん進んでいき、クレメンタール(誘惑の山修道院)に到着。
イエスが40日間断食して悪魔の誘惑と闘ったところだという。 悪魔か。 アリは悪魔なの?神なの?つまらないことを思う。
「ここは君独りで行って大丈夫、安全だから独りで行っておいで。エリコ最古の街だよ。僕はここで待っているから。」私は炎天下、世界最古の城があったという地区に入っていく。

「7回も破壊された城。 破壊された都度、その城壁の上にまた城を建設する。 破壊される、建設するということを7回繰り返したため、石垣が層になっています。」
心地よい日本語の響きに誘われ、私は声のする方へ近寄っていく。 幕屋のメンバーのようだ。手島佑郎さんと同年輩と思われる男性が最初に私に気づき、笑顔を送ってきた。 どうやら私を日本人とは思っていなかった様子。 佑郎さんと一緒にヘブライ大学へ通っていたという。
私が一人で旅していることに、たいそう驚かれる。
「一緒においでよ。エリーシャの泉が近くにあるのでそこに行きましょう」
ついて行く。 身体が震える。 全身総毛立つ。
数々の奇跡を起こしたと言われるエリーシャの泉の水を一口飲んだ。 ブラジルに住む日本人を連れての巡礼で、彼はリーダーの様子。 彼の説明はとてもわかりやすい。
彼らはこれからガリラヤ湖に向かい、帰国の日も私と同じである。
「一人じゃ大変でしょ。一緒においでよ。」との誘いに、一瞬心が揺れる。 
このグループ内に加われば土地の意味やこの地の歴史、人物など全てが明らかになり、守られて楽に旅をすることができるだろう。

でもこの旅の目的は何? イスラエルの歴史を
知ること? 確かな答えなどまだ持っていない
けれど、この旅は私自身を知る旅のような気が
している。 観光旅行をしようとしているので
はないよねと自分に問いかける。
この人たちと合流すれば、無難で無事だけれど

「私」が消えていく。 アリとの旅は緊張感に包
まれ、大変だけれど一瞬一瞬が驚きと感動に満ち
ている。
アリは真剣な顔で「君にイスラエルの全てを見せたい。 僕はその為に今日300km車を走らせて、南ユダから君を迎えに来た。 絶対に君を幸福にする。」「君が一人じゃ見られないところ、君に必要な場所、全てに僕が連れて行く。」それが自分の使命であると言わんばかりの勢いがある。 その気持ちを踏みにじる冷淡さを私は選べない。
彼らの暖かい誘いに感謝の言葉を伝え、アリの待っている場所へ戻ると彼は満面の笑みで私を迎えてくれた。
日本語の説明文が付いている「聖地写真集」と鳩のバッチ、いちご、サンドイッチを大事そうに抱えて。 ありがとう、アリ。
M嬢が言っていた「白髪の老女」に出会うチャンスを私は自らの意志で放棄した。
幕屋グループについて行けば私は幕屋の創始者手島郁郎氏亡き後を守っている手島千代女史に会えた筈である。

ナザレに向かう風景は土地が豊かでトマトなど野菜畑も多く、緑に彩られる。 車窓を流れる景色に見とれているとアリからの言葉が続く。
「これから行く全ての教会に献金しなさい。いいかい、それは教会のためでも僕のためでも
ない。 君自身のために献金すべきなんだ。 ここで千ドル、2千ドル多く使ったとしても
それは君自身を清め、救うためだよ。 一生に一度の体験じゃないか。お金はお金でしかない。」ほとんど命令口調で迫ってくる。 言いたいことは解かるけれど有り余るお金を持っているわけじゃないので返事ができない。
その後は「日本に恋人はいないのか?」「メイク・ラブはしないのか?」「ビジネスは何をしている?」「収入はどの位ある?」「どんな家に住んでいるの?」「子供は何人で、何をしているの?」などプライベートな質問攻めで、まるで尋問を受けている気持ちになり、「それ以上の質問をするのはやめて。 私は何も話したくない。 これからは一切答えない!」と怒ってしまった。
「悪かった。 謝るよ。 でも僕は君について全てが知りたいんだ。」無視し続ける。
セキュリティー(検問所)を2個所通過する。 軍用トラックが通り過ぎる。 私の日常とかけ離れた景色に身体が硬直する。 私は一体どこを走っているのだろう。

景色が一変した。
急に菜の花畑を思わせる映像が入ってくる。 オリーブの木、緑と黄色の絨毯が広がる。
景色の中へ私は溶け込んでいく。
これから何が始まるのか、このストーリーの主役は誰が演じるのか、もう私の意志とは関係なく、ページは進んでいくようだ。 私はスクリーンの中へ迷い込んだ異星人。
セントピーター養魚場、抜けるような青空、白い雲、両サイドに広がる伸びやかな田園風景、牛や羊の群れ、ヨルダンの山々、車内に流れる静かな音楽。
これは現実に起こっていることなのか。 夢か幻か。 もう私には解からない。
意識が身体から離れて、宙を遊ぶ。 涙が意味もなく流れている。
運転しながらアリは無言で私の手を取り、甲に優しくキスを繰り返す。
これは現実じゃない。 夢だよね。 あまりにも美しい風景の中、私は今どこにいるのか、どこから来て、どこへ向かっているのか。 そんなことにどれ程の意味があるのだろう。
この地がアメリカであってもロシアであっても大差はない。 私の意識は三次元の枠組みから飛び出し、空や雲、風、木々、花など自然界の綾なす呼吸と共鳴し、一体となっている。
この場には私の肉体としての存在感はなく意識だけが存在している。
心の時計は無限の時の中を遊ぶ。
ずっと昔から自然はこんなふうにただただ存在し続けていたんだ。 
こんな四次元(と言ってよいのかどうか私には解からないが)空間への旅を味わっているこの瞬間(永遠の時間)を、至上の悦びで受け止める。
どの位の時が流れたのだろう。 心は無となり、宙を漂っている時、急に全身に鳥肌が立ち、身体が震える。

「待って!スピードを落として!」何かがある。
私は意識を集中して前方を見つめる。
「お願い、ゆっくり走って!」それは私の真っ正面に現われた。 これだ。 K・K氏が言っていた古代の日本の神々が封印されている石というのは、これに違いない。
「アリ、車を止めて! 私は、あそこに行かなくてはいけないの。 今理由を説明している暇はない。 とにかく止めて。 私はあの白い石のところへ行くのよ!」
まるで駄々っ子のように言い募る。


 平成7年11月、出雲大社へ行った時、K・K氏から日本とイスラエルの和合は私の役目だといわれ、意味も分からないながらイスラエルへの一人旅をすることになり、出発前、K・K氏に会いに行った。
旅先での注意事項など聞いておこうと思ったのだが、その時、K・K氏から依頼されたことがある。

「浜口さん、ガリラヤ湖に行くのなら是非やってきて欲しいことがあります。 気にかかっていたのですが、僕がイスラエルに行った時、どうしてもそこに寄ることができませんでした。 ガリラヤ湖に到着する前に白い大きな石があります。 その白い石に古代の日本の神々が封印されたままになっていますのでその封印を解き、神々を日本に連れて帰って下さい。」
「そんなこと私にできる筈がありません。」
「いいえ、あなたにできます。その石の前に座って瞑想して下さい。」
「瞑想するだけでいいのですか。 でもその石がどれかをどうやって私に解かるのでしょう。」
「大丈夫です。 行けば必ずあなたには解かります。お願いします。」
「できるかどうか私には何もわかりませんが、その石が見分けられるならその前で瞑想すればよいのですね?」そんな会話を思い出す。]

車を無理矢理道端に止めさせ、私は一人オズオズとその石に近づいていく。 この石に間違いないの思いがある。 両手、頭をその大きな石につけてみる。 柔らかい。 この石は呼吸している。 エルサレムの嘆きの壁と同じ。 石が私の身体に合わせて変形していくのを感じる。
石に触りながら、まわりを一周し座り込む。 瞑想に入る。
「この石に封印されているという日本の神々よ。 K・K氏より依頼され、私はここでしばらく瞑想をさせて頂きます。 もし、封印が解けるならどうぞ私の身体にお入りになって下さい。」ゆったりと時間が流れる。
輝く太陽、紺碧の空の下、そよ風をうけて気持ちよい波動に包まれる。 待ち疲れたアリに呼び戻されるが、気分がとても高揚していて私は歌を口ずさむ。 踊り出したい気分。
「どうしたの?」アリに聞かれるが答えるべき言葉も見つからないので、一人で歌い続ける。

ヨルダン川公園。 いったいどの位の数の人たちがこの場所で洗礼を受けてきているのだろう。ウキウキした気分はここでも続いている。
洗礼の川ヨルダンに足を浸ける。 冷たい水が快い。 童心に返り鼻歌混じりに岸辺に座り、足をピチャピチャ水に浸けて遊ぶ。 靴を履く時、目をこする。
親指の爪が両方ともゴールドに染まり光っている。
なぜ? 再度目をこすってみるが、やはりゴールド色である。
周りでも足を浸けて遊んでいる人たちがいるので、彼らにも私と同じ反応がでているかどうか、しばらく観察していたが、特に変った反応を示す人はいなかった。
ヨルダン川洗礼の場所で足の親指の爪が黄金色に染まったという事実だけ胸に収めておこう。


ガリラア湖畔のガイビーチホテルはとても素適なリゾートホテルだった。
チェックインして外へ出る。 屋台でピタとミネラルウォーターを一本購入。 今夜の夕食は300円。 ピクルス、玉ねぎ、トマト、カブ、オリーブ、ねぎ・・・・・
20数種類並んでいる野菜をどれだけ取っても良いらしい。 手当たり次第ピタに野菜をはさんでいく。 今日もヘルシーな夕食に感謝、感謝。
街を歩いていると、だんだんそれまでとは異なる重い波動に包まれてくる。
路上ですれ違う時、現地の男性三人に囲まれた形になった。 その時、異様な波動で気持ちが悪くなり、うずくまってしまう。 ホテルに引き返す。

長距離運転の御礼をしようとロビーのティールームへアリを誘う。
「ワインでもいかが?」アリは顔を顰める。 アルコールは一切飲まないと言う。 アルコールを飲むことに対する嫌悪感、罪悪感がその表情に出ている。 紅茶を二つ頼む。
これまでは質問され続けていたので、逆に私の方から質問をする。
彼は南ユダに住むベドウィンで家族構成は母親と子供6人の合計8人。 生活は大変苦しく、子供に靴や洋服を買ってあげることはほとんどできない。 ちゃんとした教育を受けさせたい。
その為にはどうしても現金収入が必要で、これまでホテルに勤めたりしていたが、今は正式な資格を取ってツアーガイドになろうとしている。 今年11月にはガイドのテストを受けるつもりだと教科書や自分の作ったノートを見せてくれる。 決して遊んでいるわけじゃないが、豊かになれない。
ベドウィンとして生れてきたことにやりきれなさを感じている心が時折覗く。 家族が安心して一緒に暮らせる家が欲しい。
ポツリポツリと話すアリの姿を見詰めていて思う。
家族を幸せにするために一生懸命なんだね。 そんなアリを尊敬するよ。 とても素適だよ。
がんばってね。 今、学んでいることがあなたを大きくしていくわ。 
あなたは日本人である私をうらやんでいるようだけれど、私も過去、この地で砂漠を歩きまわる油売りの行商人だったことがある。 あなたと同じ想いを何度もしてきたわ。
あなたは私なのよ。 私は明日のあなたかもしれない。 生きているどの瞬間にも意味がある。今こうして紅茶を飲みながら話しをしている私たちの存在自体が、とても大きな意味があるわ。大丈夫よ。 あなたは家族と一緒にとても幸せになれる人よ。
イメージで私はイスラエル全土と、その中で暮らすアリ、アリの家族を抱きしめる。
「イスラエルに愛を送ります。アリとその家族がいつまでも幸せに生きていけますように。」

近くに友人がいるので、今日はそこに泊めてもらうから、明日9時頃迎えに来ると言い残して彼はティールームから去っていった。
部屋に入ってフロントで手渡されたメッセージを読む。
M嬢と理恵からのFAX。
何か我が家で異変が起きているらしいのだが、文面からは内容が解からない。
電話を入れてみる。 出国してやっとつながった電話だ。
M嬢は興奮しているし、理恵は泣きじゃくって
いる。 まるで要領を得ない。
森本氏が一緒にいるようなので、森本氏にかわ
ってもらい、ようやく全体像がつかめる。

1月22日、T・H氏と共に我が家にやってき
た千亜紀という名の女性がいる。
九州から出てきたらしく、その日から彼女は我
が家の住人になっている。 26歳。 T・H
氏からの呼び出しで彼女が池袋へ出かけた時、
どうやら理恵を一緒に連れていったようで、そ
こで30歳〜50歳代までの男性3人(精神世
界に興味を持って学んでいる人たちらしい?)
と合流し、夜遅くなって泊まるところがないか
らとこの3人を我が家に連れて帰ることになっ
たようである。 その帰りのタクシーの中で理恵は酔っているこの3人の男たちから言葉の暴力を受けた様子。
私もかつてそうだったけれど、いわゆるコカ・コーラのボトル体型の女性は年齢に関係なく卑猥な言葉を投げかけられる。
家に着くと千亜紀嬢は一人でさっさと眠ってしまい、理恵はこの男たちから危害を受けるのではないかという恐怖にかられて、耐え切れずM嬢に泣きながらすぐ来てくれとの電話を入れたらしい。
驚いたM嬢は夜中、理恵のもとへ駆けつけてくれ、事の顛末を知り千亜紀嬢を責める。
責められた千亜紀嬢は家を出ていって帰ってこない。
男たちは翌朝去っていったが、理恵の恐怖心は消え去らず、男たちが待ち伏せしているかもしれないとの妄想のため学校へ行くことを拒否。 家から一歩も外に出たくない、恐いと泣き続けている。 理恵を安心させるため、M嬢は友人のミンさん(モデル歴がありとても美しい女性)を呼び、また森本氏や田中氏も警護として呼び出したらしい。
T・H氏からM嬢に対し「千亜紀をいじめ、なぜ追い出した? 彼女は泣いている!」強い怒りの口調で電話が入ってきたりで、複雑な様相になっているということが森本氏の説明で明らかになる。
森本氏と相談の上、私からT・H氏に電話を入れ、これ以上事を複雑に大きくしたくないので、私が帰国するまでは我が家に来ないで欲しい。 言い分は帰国後、ゆっくり聞きますと伝える。娘の気持ちを落ち着かせるためにFAXを送る。

TO RIE
FAXを今、全部受け取りました。
やっと話しができたね。
辛い目に合わせてごめんね。 母さんの想いが足りなかったと思う。 本当にごめん。
理恵は母さんの一番大切な宝。 どんなことがあっても母さんは理恵を守っていくよ。
理恵はこれからも多くのことを体験していくけれど、大丈夫。 あなたはとても強くなれる子だと母さんは思っています。 あなたの優しさを利用する人が今後も出てくるでしょう。
でも、大丈夫だよ。
あなたは日一日と強く、そしてしっかりとしていくでしょう。
今回のことは母さんの配慮が足りませんでした。 これから毎日神への祈りの時、理恵が幸せで、多くの人に守られていますようにとお願いしていきます。
もう、大丈夫。
母さんを信じて、Mさんたちを信じて、楽しく母さんの帰りを待っていて下さい。
美しく成長していくあなたを見つめていくのが母さんの最高の悦びです。
愛しています。
I LOVE YOU!!
TAKAKO


娘を最も恐怖に落とし込んだYという人に私は5月、京都で出会うことになるのだが、それは後のこと。

旅〜イスラエル編〜 第8章

平成8年2月26日

私の首前面、右下に大きな疣がひとつある。
最初は小さな疣が首の付け根にポツポツと現われ、それが一ヶ所に寄り集まって大きくなったもので、その形状は乳首のように見える。
T・H氏が「浜ちゃんはオッパイが3つあるんだね。」と言っていたが、その乳首大の疣が、昨夜入浴中にポ〜ンと弾け飛んで取れてしまった。 
身体を洗っていて首から大きな弧を描いて1メートル位先に何かが飛んでいったので、拾ってみると疣だった。 何だか分からないながら変なことが起きるものだ。

今日は朝から異常な波動で苦しさが募る。
アリがサングラスの修理をしたいと言うのでショップに一緒に入ったら、一挙に喉が絞めつけられ、耐え切れず表へ飛び出して吐いてしまった。 苦しくて涙も出てくる。

イエスのシナゴーグやパンと魚の奇跡の教会・・・。 どこへ行っても喉がグイグイ絞めつけられ吐いてしまう。
なぜなの?聖なる場所と言われるところほど私の身体は苦しくなる。 理由が分からない。
この美しい街、イエスが多くの奇跡を行った場で、私は涙を流しながら吐き続ける。

ヨルダン川源流の一つであるというバニアスの滝へ向かう。
死海が年々乾燥して小さくなってきているので、死海を蘇らせるため、バニアスの滝に「十種の神宝」を沈めてきて欲しいと頼まれている。
「十種の神宝を授けるという夢を見た。」と話していた知人が、私の出国前、わざわざ京都の伏見神宝神社へ出向き、十種の鏡と剣と玉と比礼の形が彫り込まれているペンダントを購入して持ってきて下さった。
死者をも甦らせるパワーを持っているというこの神器について私は何も知らないけれど預かってきた。
神道の本によれば、「はるかなる太古、天津神の命を受けて、皇孫ニニギ尊の兄にあたるニギハヤヒ命は、天磐船という飛行船に乗り、大空を翔行して河内の国(現在の大阪府の一部)の河上にある哮峰(いかるがのみね)に天降った。
その天降りに際して、皇祖アマテラスは、ニギハヤヒ命に天璽の十種の神宝を授け、またその十種の神宝を用いてなす鎮魂の法を伝えたという。」と記述されており、また「旧事本紀」には「天神祖神おしえのりごちてのたまわく、もし痛むところあらば、この十種の宝をして、ひと、ふた、みよ、いつ、むゆ、ななや、ここのたりといひてふるへ。 ゆらゆらとふるへ。 かくせば死れる人も生き返りなむ。 これすなわちいわゆる、ふるへのことのもとなり。」とも記されている。彼女からペンダントと共に分厚い資料もいただいたが、内容がとても難しく、読む気力が出てこないままペンダントだけを持ってきている。
こんな私に何ができるだろうとの思いがあるが、ともかくバニアスの滝へ向かった。
何も知らず、さらに何も考えず、デク人形の様に―。
そこへの道のりがどれほど遠いのかさえ知らず―。

車は一本道をどこまでも進んでいく。
途中、何度も軍用トラックとすれ違う。 検問所、横倒しになったままの軍用トラック。
緊張感の中、スピードを上げて進む。 アリは真剣に運転をしているし、私は立ち込めてくる重い波動の中で、非日常的風景を追っている。
途中、菜の花畑を思わせる草原が現われた。 黄金色に染まった草原は心和ませてくれるはずなのに、とても苦しい。 涙が出てくる。 悲しみが真綿のように私の心と身体を締め付けてくる。
こんなに美しいのに、なぜ悲しいのか。
何も考えず波動に身を任せていたら、黄金に輝く花の下は血に染まっていることが伝わってきた。
ここはシリアとの国境に近いゴラン高原。
大地は真っ赤な血を大量に吸い込み揺らいでいる。 憎しみと絶望の中で倒れていった、多くの人々の最後の叫びが行き場を求めてさまよっている。
「いらっしゃい。 抱きしめてあげる。 寒かったでしょう。 淋しかったでしょう。
もう辛いこと、悲しいこと、悔しいこと、全て忘れよう。
憎しみを愛に変えて、悦びの世界へ入っていこう。 終わりにしようよ。
私たちは悦びを知るために、この地球に生まれてきた。 西の正義と東の正義。
調和の中にある平和を実現しよう。 エルヤーベ ハネハ ボーダー ヨーダー。」
目を閉じて一心に祈る。 涙が止まらない。 両手を大きく広げ、さまよっている兵士達の魂を抱きしめ続ける。

しばらくすると陰鬱な景色に一変する。
破壊された建物、瓦礫と化した大地、道に迷ってしまったようで、アリが壊れかけた道端の建物に入っては道を尋ねている。
周囲が薄暗くなってきた。 雲が低く迫ってくる。 前方を狼が横切った。 雨が降り始める。悲しみの雨。 激しさを増す。 泣くがいい、泣くがいい。 涙は憎しみを浄めてくれる。
硝煙の臭いが漂う戦いの最中、雨に打たれて泣いている自分の姿がそこにあった。
音のない映像がスローモーションで意識下を流れている。
雨が霧に変わる。
立ち込める真っ白な霧のため、視界は戦いの爪跡を消していく。
無音の白の世界へ入っていく。
進む。 ひたすら進む。 私たちはどこへ行こうとしているのか?
神よ、あなたは何を求める?
頬を伝う涙は乾かない。 視界に一瞬、黒の影が動く。 どうやらアラブ地区を車は走っているらしい。 全身を黒い布で覆っている女性の後ろ姿があった。

シリアとの国境近くだという峠のような所に出た。
雨が止み、霧も晴れてきた。
錆付いたボロボロのトラックに果物を積み込んでいる父娘がいた。
車を降りて、その父娘の方へ歩いていく。 寒さで身体が震える。 一杯の暖かい紅茶をいれて頂き、身も心もほっとする。
はにかみながら娘(20歳前後?)が小さな黄色いリンゴを手渡してくれた。
美味しい。
全身に染みとおる。
先程までの次元が消えていった。
ドラム缶の中で赤々と燃える火を囲み、満ち足りた時間が流れる。
この娘、妙に懐かしい。 アリと父娘の会話はヘブル語であるらしく、私には分からない。
頼りなさそうで静かに生きているこの娘、どこかで共に暮らしていたことがある。
抱きしめて「よしよし」と頭を撫でたくなる内なる衝動を押さえながらも、この娘から視線を外せない。
私の不躾な視線に照れた瞳ながら、柔らかく私を受け入れてくれている。 何年ぶりの再会かは分からないが、一言の言葉も交わすことなく、でも心は一つにつながって温かさに包まれる。
別れの未練を残しながら、一路バニアスへ。

「気分が良くなってきたみたいだね。 君は朝からずっと苦しんでいたね。」「そうよ、なぜ分かるの?」「理由は分からない。 身体がそれを感じるんだ。」
生命の水、ヨルダン川の源流は静かでとても美しい。
「十種の神宝」のペンダントを清澄な水に託す。
死者をも甦らせる力があるのなら、地球の水を甦らせ、そのダイナミックな循環によって大地に悦びを、そして人類の魂を、心を、身体を癒し、調和へと導いて欲しい。
長い祈りの後、牧神パンの祠など周辺を散策する。
高さ70cmくらいの石に菊花弁が掘り込まれているものが、そこにあった・・・・。
点在している岩の彫り物や崖、小さな紫の花など、人類の歴史を見つめ続けてきた物言わぬ存在たちから発する波動の中を、私は一人ゆっくりと歩き続ける。

旅〜イスラエル編〜 第9章

平成8年2月27日

アリが迎えに来た途端、重い波動に包まれる。 体内をゆっくりと波動の河が動く。
彼の波動に体内粒子が集合し、ひとつの方向性、意志を持って動き始めている。 全身に氣が充満する。 心とは無関係に体内粒子が彼に反応し、彼を求めている。
「この感覚は何なの?」自分の体内変化を特殊望遠鏡で覗き込んでみる。
「Make Love したいか?」 心とは無縁にそれを望んでいる身体の意志に驚き、うろたえる。
この場から逃れなくては。 身体の意志を押え込む。
「ナザレへ行きましょう。今すぐに出発したい。」
体制を立て直す。

昨日、お互いに疲れ果てていた。 疲労感の沼に沈みながら、お互いがお互いの波動を少しずつ感じ始めていた。
「昨日、僕は一日中君にエネルギーを与え続けた。 だから今日は君からエネルギーを分けてもらいたい。」 
二人で両手を重ね、私のエネルギーが彼の身体へ流れ、彼を回復させることを祈る。
「僕は泥のように疲れて、昨夜は10時にはベッドに入った。 理由は分からないが、僕は昨夜泣き続けた。 涙が止まらなかったんだ。 泣きながら眠ったよ。 僕は君を愛している。 君の波動がよく分かる。 他からは何も感じないけれど、君のことだけ感じるんだ。 分かるんだ。明日、僕の家に行かないか? 家族に会って欲しい。 君は僕の家族を愛するだろう。 そこは君にとても興味深い場所だと思うよ。」
分かっている。 アリの言葉が映像として既に見えている。
私の意識に入ってきた映像が真実であるかどうか確かめる術はないが、行けば今見えている状況が真実であることを知るだろう。

荒野に張られた薄汚れた黒っぽいテント、 その周囲には母が丁寧に作った保存用のチーズの袋や壷がある。 ロバがいる。 恥ずかしそうに私を見つめる子供達の瞳。
その場に立った私の全身は鳥肌で覆われ、それまでの時間、空間が消え、子供達を抱きしめ、泣き崩れる。 生活に疲れた母の手を、私は震えながら求める。

一瞬にして見えた映像に私の心はすくんでいる。
「行きたいけれど、・・・・・・わ た し は い か な い。」
ゆっくりと言葉を噛み締めながら答える私の目に涙がにじむ。 行くのが恐い。
既にアリの波動に反応し始めている自分の身体の不思議は、彼の家族に会うことで、更に迷路に入ってしまうことを伝えてくる。
東京で待っている娘の元へ、私は帰る、帰らねばならない。 長い沈黙。
「OK。だけど、次回は必ず家族に会ってくれ。 会うと約束してくれ。」
「約束するわ。 次回、あなたの家族に会いたいわ。」

イエスが水をワインに変えたという教会は閉まっていた。
エリーシャの泉で会った日系幕屋グループの人たちとまた出会う。 再会の握手。 満面の笑みで、彼らは再会を喜んでくれる。
「どうしているかと、とても心配していたんだよ。 君が望むなら、いつでも僕達に合流して来てもいいんだよ。 本当にひとりで大丈夫なの?」
ありがとう。 未知の世界へ迷い込んで行きそうだった私は、彼らの笑顔と握手でホッとする。現実世界へ戻れる。
彼らとギリシア聖教会のひとつ、イエスが使用していた壷が置いてある教会へ一緒に行く。
全身が大きな波動に包まれる。
膝を落として祈る。 身体が揺れる。 不安定のため、お尻を地面に付ける。 咳が出る。
吐き気がする。 イエスの場の不思議。

マリアが水を引き出した教会、ひっそりと古い井戸がある。
全身に鳥肌、 頭が痺れる。 座る。 祈る。 額を床に付ける。 波動が安定するまで祈る。井戸から水を汲み、手を洗い、口に含む。
「マリア、ありがとう。 そして、ご苦労様でした。」誰もいない。
写真を撮りたくなってシャッターを押す。 井戸に重なる形で、渦を巻く発光体が写っていた。T・H氏に見せたとき「井戸を守っている精霊だね。」と言われる。

イエスの場へ行くと吐き気で苦しみ、マリアの場へ行くと帰らせてくれず、私の愛(祈り)を求めるという身体反応について、帰国後、M嬢に話したら、彼女は事も無げに言ってのける。 

『だって、ママはマリアだったんだもの。 当然じゃない。 ママは今でも同じことをやっているよ。 ママと理恵さんの関係で同じことを繰り返しているじゃない。
イエスは人間として生れてきたのに、母であるマリアの周囲は大人に囲まれ続けていた。
母に甘えたくとも、大人達に邪魔されて甘えることができなかった。
イエスは母の愛を一身に受けたかったのに、それが許されない環境の中で成長していった。
万人に対する聖母マリアではなく、自分の母、マリアを求めていたのよ。
でも、その望みは叶えられなかった。
だから母に認められるため、彼はあのような生き方をしてしまった。
理恵さんも同じでしょ? 彼女は生まれ落ちたときからママは経営者で忙しく、いつもママの周りには大勢の人がいて、彼女は母に甘えるという本能に基づく欲求を封じられて育っているよ。今だってそうじゃない。 この家は家族以外の大人がいつもママのまわりを囲んでいて、彼女は常に一人ぼっち。 イエスの苦しみ、悲しみを彼女も味わっているよ。 それが彼女の今日を創っているのよ。』

急な話の展開に驚く。
マリアであったかどうか、そんなことは分からないけれど、理恵が生れたときから、私は常に大人達の中心にいて、確かに娘と二人きりになるとか、娘を甘やかし、愛するという行動をとってこなかった事は、指摘の通りである。
朝早く、眠っている娘を起こし、保育園へ連れて行く。
夜は帰宅が遅いため、姉に迎えに行ってもらい、姉の家で食事をし、眠る。
私は深夜、姉の家に娘を迎えに行き、眠っている彼女を抱いて、家に連れ帰る。 そんな毎日だった。
家族全員で遊びに行くこともあったが、私の心は仕事で占められており、彼女が入り込む隙間はなかった。 そんな彼女は言葉を覚えるのが遅く、人見知りが激しく、機嫌を取ってくれる大人には異常な程深入りしていった。
誰にも心を開かず、無口となり、自閉症ぎみな淋しい生活の中、喘息の発作を起こすようになった。 その当時の私は母ではなく、経営者であった。
会社倒産後、家にいる私を見て「毎日家にいるママを見るのって、何だか不思議な感じがする。」と言っていた。 彼女と過ごす時間が増え始め、少しずつ明るくはなってきたものの、やはりM嬢の指摘通り、私の周りには連日家族以外の大人がいる。 彼女の心の叫び、母の愛を求める姿に気づいていても、気づかない振りをして、自分の生き方を押し通している余裕のない己の姿が浮かび上がる。
無条件の愛を求め、与えねばならない大切な時を、生活のため、仕事のためと私は自己の欲望のままにその生活を正当化し、彼女を犠牲にして生きてきた。
家族への愛より社会性を重視してきた私の性癖。 それが分かったからといって、今日からすぐに生活を変更できるものではない。
このことを心に深く刻み、一歩づつ修復への道を探していこう。

同時に、ある霊能者から言われた言葉を思い出す。
「あなたは今後、娘さんから反撃を受けることになります。 過去生であなたの娘さんは、現在彼女のお兄さんである、あなたの息子さんを愛していました。 それを知っていながら、あなたが息子さんを奪ってしまったのです。 ですから、あなたは彼女からのしっぺ返しを受けることになるでしょう。」
息子と娘は周りから不思議がられるほど仲が良い。 兄妹でなければ二人は恋仲になり、結婚するであろうことは、共に暮らしている私が知っている。
母から得られない愛を、彼女は兄に求め、兄は十分以上に妹に与えている。
これから先、例え娘がどんな行動に出ようとも、私はそれを正面から受け止めていこう。

受胎告知教会近くで、また幕屋グループのメンバーに出会う。
夜、彼らと話したいと思ったが、彼らはこれからエルサレムへ戻るという。 残念ながら既にチャンスを失したようだ。
教会に入る。 全身に鳥肌が広がり、ざわざわとした体感のまま、他の人たちの後ろからついて歩く。
3人のラビが出てきて説教が始まった。 讃美歌が堂内に響く。 祈りのエネルギーが、大きく膨らんでいく。 私の存在はこの場に共鳴、同化しない。 出て行きたいと思うが、動く人はひとりもなく、説教する者と、それを傾聴する者たちによる、他の侵入を許さない空気が辺りを重圧する。 違和感が広がる。 説教はいつまで続くのか。
口の中は、あふれ出る唾液でいっぱいとなってきた。 吐き出すこともできず、ねっとりとした唾液を、不快感と共に飲み下す。

周りを観察していると、アラブ系の服装をした婦人が大きな荷物を持って、他の団体とは明らかに異なる波動で、一心に祈っている姿が目に入る。
この婦人が気になって、見つめ続けているうち、エルサレムでの爆破事件が頭を過ぎる。
鳥肌は消えないし、口中は不気味な唾液が、再度舌を浸し始める。
この場を形作っている人たちには、神聖な意味があるのだろうが、私は異邦人。
大きな立派すぎる教会が、何の感動も呼び起こさない様に、説教の図は違和感しか受け取れない。個人の宗教心がどこにあっても構わないが、それが組織や団体となって眼前に現われると、薄気味悪く、私はその場にいたたまれず、呼吸ができなくなる。
説教は終りそうにないので、深く目礼をして、静かにその場を立ち去る。

タボール山頂にある教会へ行く。
美しい教会で、結婚式場として好まれているという。 教会は閉まっていた。 誰もいない静かな教会の周りを散策する。
「ここでMake Love したくないか?」また苦手な会話に入ってくる。
「君の話し方が、とてもかわいいんだ。 話しているだけで、僕は興奮してくる。」
急に手を取られ、アリの股間へ持って行かれる。
「ほら、こんなになってる。 君のせいだ。」「なんてことを言ってるの!ここは神聖な教会の庭よ。 やめて!」「君はベイビーだ。 僕のかわいいビッグベイビー。 今、この場で食べてしまいたい。」「僕が、君に気に入らないことを話すと、君はいつもこんな風に喋る。」
唇を突き出して私の口まねをしてみせる。
「ビッグベイビー、なんてかわいいんだ。」このままの会話は私に不利。
「キブツへ行きましょう。」山道を降りていく途中、車がパンクする。
タイヤの交換をした後、崖っぷちに立ち、堂々と眼下に放尿をするアリ。 その姿を写真に撮れと言う。 あきれながらも大空の元、風に向かい放尿するアリの行動で、気まずい空気が一掃された。


キブツでMrs.Hと会う。
初対面ながら日本語が流暢で、驚くほど話が弾む。 ユダヤの神話、キブツがいかなる所か、どんな生活をしているところか知りたくて、手島佑郎氏を介して、紹介してもらった女性との対面である。
広い土地に家が点在しており、とても静かな環境であるキブツ・ギノオール。
彼女以外の人に出会うことはなかった。 共同体といっても、既に今は往時の面影はなく、若者達は個人所有、私有のお金を求めて外へ出て行くという。
大地の恵みに感謝し、共に働き、必要に応じて分配する、理想とされた共同体システムは既に崩れ、形骸化しているとの話を聞きながら、人間の喜びや欲望、富める者と貧しき者、社会システムの役割など、答えのでない歴史の流れ、人間の営みに途方に暮れる。
地球は今、それらすべてを合一する流れに入っていると聞く。
「統合」「合一」などの言葉が氾濫しているけれど、具体的な方法論はあまり伝わってこない。無知な私にその方法を求める糸口さえ見出せないけれど、このままの流れで良い筈もなく、地球に生きる全ての人間、植物、動物等が地球と共に、嬉しく共存していける日を、この目で見、この身体で体感することを意識し、意志を発し続けようとだけ思う。
Mrs.Hはユダヤ神秘思想カバラに興味を持ち、夫には内緒で勉強会や降臨会に参加していると言う。 キブツ内にも何人かのチャネラーが住んでおり、チャネラーの問題点は東西同じ状況のようで、真剣さ謙虚さが欠け、自分の力を過信し、傲慢になったチャネラーは、身体を壊したり、狂ったりしているという。
彼女は今生ユダヤ人であるが、過去生は日本人として生きていたと話す。 日本への憧憬を嬉しそうに語り続ける。
イスラム系やアラブ系の男性は、女がひとりと見れば、すぐにセックスをしたがるし、そのセックスには思いやりや愛の深い感情はなく、自分の欲望を発散させるのみで、自分は夫が日本人なので、異常な性欲対象になることもなく、またセックスそのものも、身体を利用されているのではなく、共に慈しみの中で行うことができるので、とても満足している。 可能なら、日本人の夫と共に、日本で暮らしたいと熱く語ってくれる。
初対面の会話以上の話に、時が経つのも忘れ、アリを車内で4時間も待たせてしまった。
彼女と別れるとき、辺りには闇が迫っており、それでもずっと見送ってくれた彼女の目は、なぜか母の目に似ていると思った。


エステティック業という「触れる」技術を追求してきたが、スキンタッチのソフトさ、快感はヨーロッパの技が秀でていると思う。 世界各地でマッサージを体験してきたし、またダンスひとつを取ってみても、彼らには愛し合う者たちゆえに感情交換し合えるダンスが生活の中にある。どこに行っても、うっとりと見とれてしまう。
母が我が子に施すマッサージ、愛し合う男女が愛の交換のために行うオイルマッサージ、また抗ストレスなどを目的とする癒しのマッサージやサイコマッサージなど、源流はヨーロッパにある。勿論、日本にも指圧マッサージなどがあるけれど、個人的に私はあまり好きではない。
筋肉が緊張しているからほぐすという一過性のマッサージではなく、毎日の生活の中での触れ合いをスムーズにし、脳波をα波からθ波に高めてくれる快感マッサージの普及が必要との思いがある。
母と子のマッサージの定着は、子供の心身を安定させ、病いとも無縁になり、豊かな情愛溢れる家庭を創出できるであろう。
Mrs.Hの話がきっかけとなって、人が人と具体的に「触れ合う」ことの大切さ、体温を伝え合うことの美しさを思い描く。


車に戻ってくると、アリの顔が沈んでいる。
6人の子供を抱えて、人生が厳し過ぎる、家を持ちたいと苦悩の顔。
あなたは何でもできるし、何にでもなれる。 自分の力を信じて前に進みなさい。 できないと思うからできない状態を引きずっているのよ。 不安や恐れを捨てて、自分の望みの人生を思い描き、それを手に入れている悦びを心に描いて生きようよ。
「気軽なことを言うな。 何も分かっていないくせに。」そんな顔をして、暗い表情。
自分の人生は、自分で開くのよ。 サポートはできても主役は一人。 人生もっと楽しく生きようよ。 お金があれば、家があれば、幸せになれるなんてものじゃない。 お金がたくさんあっても、大きな家を持っていても、幸せとは限らない。
幸せは自分の心が創るのよ。 今の環境に感謝することから始めようよ。 言葉は言葉。 虚しく響くわね。 これ以上、あなたに伝える言葉がない。
日本語で話せるなら、もっとあなたの思いを軽くしてあげられるかもしれないけれど、残念ながら私の知る単語力には限界がある。
ごめんねアリ。 私ができることは、あなたが毎日笑って生きられるよう祈ることのみ。

旅〜イスラエル編〜 最終章

平成8年2月28日

不思議の旅はいよいよ大詰めに入ってきた。
今日は日本へ帰るため、テルアビブへ向かう。
途中、カルメル山へ行ったりしながらも、車は一路テルアビブを目指す。
ほとんど、私達に会話はない。 それぞれ、自分の心を覗いている。
アリは時々私の手を取り、優しいキスを指先や手の平に繰り返している。
「僕は君の夫になりたい。」聞こえていない振りをする。
ごめんなさい、私の夫は浜口浩だけ。
あなたにはとても感謝しているし、縁のあった人だとは思うけれど、友人として愛することはできても、夫として愛することはできない。
浩さん、あなたとこんな旅をしたかった。
涙がでる。 アリに涙の意味を誤解されたくないので、窓を大きく開けてタバコを吸う。
「別れるのが辛い。僕は泣くだろう。」
浩さん、私はあなたが恋しい。
私の側にいてアリを傷つけないよう、アリと別れさせて。
「僕を絶対に忘れさせない。」
忘れないわ、こんな不思議な旅、一生に一度しかないでしょう。
この旅を思い出すたびに、ベドウィンとして生れ、苦悩の人生を懸命に生きているあなたの姿を思うでしょう。
私はあなたなのよアリ。 私もかつてこの国に生れてあなたの苦悩の中を生きてきた。
家族を幸せにしたいと夜昼なく働いた。 人生を呪ったこともあった。
そう、私はあなただったのよ。 今日の私はそれらの体験学習を済ませてきたのよ。 あなたは、今がその時なのよ。 運命を怨まないで。 自分で選んだ人生なのだから。

車の調子が悪いからと、点検、調整のためのガレージに行く。
「2時間くらいかかるので、一人で海岸の方へ散歩してきてくれ。 もし、何か困ったことが起きたら、すぐに電話しなさい。 帰り道が分からなくなったら、これを見せなさい。」とテレフォンカードとガレージの住所が書かれたメモを渡してくれる。
一人で海に向けて歩き出す。

ここはヤッフォーのオールドタウン。
タイムスリップしてしまったような町並み。 古道具屋がずらりと並んでいる。 古びた汚い絨毯や、座ると壊れてしまいそうな椅子などが道端まで溢れている。 それらを恨めしそうに眺めながら歩いているヨレヨレの服装のおじいさん。 生活の厳しさが、それら使いふるされ、雑巾のように疲れきった品々から伝わってくる。
貧しい国の姿、イスラエルの貧富の差を見せ付けられる。
一握りの豊かすぎる人達と、子供の靴さえ満足に買えない人達のアンバランスな世界に迷い込み、底辺に生きる苦悩の人々の存在にうろたえる。
これまで、数限りなく世界の空へ旅立ったけれど、私の歩く街は、どこも美しく化粧されていた。会う人はビジネス関係者で、隔離された世界を見て、それが世界だと錯覚していたことに気づかされる。
ひとつの風景でも、自分の立つ場によって、全く違う顔が現われてくる。
海沿いの坂道を登っていきながら、やるせなさに包まれる。 喉が苦しくなり、吐き気が襲ってくる。
海に向かってベンチに座る。
捨て犬だろうか、小犬がやってきて私の足元に座り込んだ。 君は何ていう名前なの? 私を慰めてくれるのね。 手を出してもなついてこない。 かといって反発もしない。 私の声に反応することもなく、ただじっと、足元に座っていてくれる。
ありがとう、側にいてくれるのね。 海に向かって目を閉じる。
さわやかな風、鳥の声と波の音。 浩さんを想う。
浩さん、あなたは今、幸せですか? 私はあなたの大きな愛に応えることができませんでした。仕事に夢中になっていった私の姿を、あなたは寂しく、悲しく、そして優しく黙認し、包み込んでくれました。 私のわがままを、一言も責めないで許し続けてくれました。
涙が頬を伝う。 突如、大声で泣きじゃくりたい衝動がやってくる。
地中海の風に向かい、浩さんを求めて泣き続ける。

公衆電話からアリに連絡を入れると、まだ時間がかかるという。
そのまま、どこという当てもなく、風に吹かれながら、私は浩さんとの幻影の中を歩き続ける。途中、やはり公衆電話で、帰りの飛行機チケットのリコンファームをする。
結局、車の点検、調整のため、4時間半、浩さんの幻と散歩をし続けた。



テルアビブに向けて再び車中の人となる。
心は空白。 虚空をさまよっているとき、涙が溢れ始めると同時に、「千人殺した」という言葉が脳の内部でスパークする。
何が起きたのかまるで分からないけれど、もう一人の私が滂沱の涙を流し、言葉を発し、謝り続ける。
「ごめんなさい。 どうぞ私を許して下さい。 ごめんなさい。 本当にごめんなさい。」
アリが驚いて私を見つめる。
「どうしたの?」「自分でもわからないけれど、私は過去、この地でとても多くの人を殺したようなの・・・・。 私はこの地と、この地に生きている、そして生きてきた人達に謝りたい。
ごめんなさい。 私はあなたたちにとんでもなく悪いことをしたのよ。」
「大丈夫だよ、君は何も悪いことなどしてはいないよ。 例え何人か殺したことがあったとしても、それはその時の必然。 必要なことだったと僕は思うよ。 君は悪くない。 謝らなくてもいいんだよ。 君はとても優しい人だよ。 いつの人生でも、君は君の信じる道を、誠実に生きてきたと僕は確信できるよ。」「僕は11年間、この仕事をやっているが、こんな幸せな時を持てたのは君が初めてだ。 本当だよ。 明朝、君は去っていく。 頭ではさよならと言えるけど、ハートはずっとNOと言い続けている。」
アリが何を言ってくれても、私の内なる魂は震え続け、泣き続ける。
ただひたすら、ごめんなさいと謝り続けている。

帰国後、この件をT・H氏に話したところ、「う〜ん、そうだね。 浜ちゃんが殺したのは千人じゃないよ。 浜ちゃんの魂はいつも支配者とか、王とか、その辺のところが多かったからねぇ。自分の手で直接殺したというのではなく、例えば神の名によって、あるいは天皇の名の下に、君は戦いを繰り返してきたよね。 徳川家康しかり、西郷隆盛しかりだよね。
地球の総人口が50億人だとしたら、浜ちゃんは、その内10億人くらいは殺してきたことになるだろうね。 日本だけでなく、君は世界各地を転生して、その多くは国のトップか、トップから2〜3番目にいたからね。」と言われる。
また、今年、平成11年に入り、M嬢からは「ママはね、日本人として生きるより、イスラエルの方が、縁が多いね。 森本さんがアフリカとアラビア半島の間の海でクラゲをしていた時、ママはイスラエルの王、ダビデだったよ。」と言われる。

マリアだとかダビデとか、とんでもない名前が次々と出てきて面食らうが、そんな事とは無関係に、私はイスラエルへ、というより死海に、意味も分からず魅了されている。
イエスが、それによって多くの病める人を癒したという死海の泥と塩にとりつかれている。
なぜなのか。 勿論、死海の泥と塩が持つエネルギー効果を認知しているからではあるが、その認知とは別の次元で引き付けられていることを感じている。
平成11年9月、M嬢と共に与那国島へ旅をした時、ある夜、彼女は「ママが恐い。 ママの顔を見たくない。 ママからフリーメイソンがやってくる。 ママが恐いよ。」と脅えていた。
今日、肉体を持って生きている普通の人間である私に、何も分かりはしないが、一連の流れから、イスラエルに、過去、縁のある人生を体験したのであろうことを感じるだけである。

胸が苦しい。
悲しみが募る。 涙は一向に止まる様子がない。 いつまでも泣き続ける私に「どうしてそんなに泣いているの?本当のことを言ってごらん。」とアリ。
本当も嘘もありはしない。 私にだって分からない。 涙の理由を教えてもらいたいのは私の方だ。 今日の肉体を持っている私が泣いているのではない。 内なる魂が、仮の庵である私の肉体を使って泣き続けている。 こんな面倒なことを説明する心の余裕はないので、ただ泣き続けていると、アリが急に私の口まねをしておどけてみせる。 その様子がおかしくて笑い出してしまった。
ありがとう、アリの道化で、内なる懺悔は幕を閉じてくれた。

テルアビブからパリ行きの便は午前3時半。
仮眠を取るため空港近くのホテルにチェックインをする。 ホテルから空港までは一人で大丈夫だからと言っても、アリは「最後までちゃんとケアーする。 この地を離れるギリギリまで側にいたいんだ。」と言い張る。 そして、空港に着いてからの行動や、出国時の注意などを真剣な顔で話し始める。
「いいかい、泣くのはもうお終いにしなさい。 僕は空港まで君を乗せて行くけれど、そのとき僕は、単なるタクシーのドライバーであり、君は一旅行者だよ。 お互いに知人のような態度をとってはいけない。 まして泣いたり、声をかけたりしちゃいけないよ。 もしそんなことをすると、君は大きなトラブルを抱えてしまうだろう。 笑い事じゃあすまないよ。 車から降りたら、決して後ろを振り返らないこと。 いいね?絶対だよ。 絶対に泣いたり、特別な言葉を口にしてはいけない。 降りたらまっすぐ前を向いて歩くんだよ。 係りの人に誰か知り合いがいるかと聞かれても、誰もいないと応えなさい。 そうしないと大変な目に合うことになるよ。 いいね?」
なぜこんな事を、これほど真剣に、しつこく言い募るのか、その時の私には分かっていなかったが、「分かったわ。大丈夫よ、あなたの言う通り行動するわ。」と答える。
私は一人でチェックインし、しばらく後、アリがやってくる。
部屋に入るなり、彼はベッドに横になる。
連日の長距離運転で疲れ果てているようなので、これまでの感謝の気持ちをこめて、ヒーリングをする。
「すごく気持ちがいいよ。」という間もなく、スヤスヤと穏やかな寝息が聞こえてきた。
アリの寝息を聞きながら、この旅を振りかえる。
なぜイスラエルへ独りで来てしまったのか。 イスラエルに入国してから、毎日発生してくる不思議な出来事。 そして、想像したことさえなかった自分の過去生のこと。
過去、自分が誰であったかはともかくとして、各地で起きる身体反応などにより、自分の魂は、確かにこの地を知っており、何度かこの地で生きていたことを強く感じる。
ごめんなさい。 許して下さい、イスラエルの民よ。 私は今、ゆっくりとあなたたちの苦しみの中へ入って行く。 深く謝りたい。 どうぞ許して下さい。 アリをイスラエルの民の代表として、彼に愛を送ります。 イスラエルに平和が訪れることを念じます。
ありがとう、アリ。 ありがとう、イスラエル。
眠り続けるアリの側で、祈りの瞑想に入っていった。
瞑想を止めるとアリが目覚め、Make Love を求める。
「ごめんなさい、あなたには心から感謝しています。 でも、Make Love はしたくないの。 どうか理解して下さい。」
分かったよと、彼はまた眠りに入っていった。
ありがとう、アリ。 私があなたより10歳も年上だと分かっても、あなたの態度は少しも変わらなかった。 途中、何回か口論もしたけれど、最後まで私を気遣い、守ってくれた。
あなたの誠実さに感謝します。 ツインベッドルームだったので、空いているベッドで私も短い仮眠に入っていった。

平成8年2月29日

午前2時、ウェイクアップコールで動かぬ身体を無理にも引き起こし、いよいよ空港へ。
空港に着く前に、再度アリからの確認。
「いいね。 僕と楽しそうに話してはいけないよ。 僕は荷物を降ろして、バイバイとだけ言って、去っていくからね・・・。 僕はタクシードライバーで、君とは無縁の人・・・。
そうでないと、君は本当に大きなトラブルに巻き込まれるよ。 いいね・・・。 でも・・・、絶対に僕を忘れないでくれ・・・。 1週間に1回、いや、1ヶ月に1回でもいいから、必ず僕に電話してくれ。 今度はいつ来る? 娘と一緒に来て欲しい。 半年以内には、この地に戻ってくると約束してくれ。」
答えられないアリの言葉を、私は黙って聞き続ける。

車から降り、黙々とチェックインカウンターを目指す。
そこは来る時同様、長蛇の列。 いよいよ私の番が来た。 質問者は女性。
微に入り細に入り、質問をぶつけてくる。
イスラエルに入国して、今日までに宿泊したホテル名と、そこで何泊したか、そこで何を見たか。訪れた地で観光した場所はどこか、具体的に答えよ。 旅の間中、誰か知っている人に会ったか、知らない人が声をかけてきただろう? 何か品物を預からなかったか? 荷物はいつパッキングしたか? 誰がパッキングしたか? 知らない内に何か荷物の中へ入れられたことはないか? なぜこのスーツケースは名前が違うのか。 次々に繰り出される質問の矢に驚いてしまう。いつまでこの質問は続くのだろう?
問題点が出てきた。 宿泊したホテルの支払領収書を見せろと命じられ、それらの中から電話記録を追求されることとなった。 Mrs.Hに電話をしていたし、アリが1〜2 回、私の部屋の電話機を使って、友人に連絡を取っていた。
この番号はイスラエル国内のものだ。 友人は誰だ? その友人はどこにいる? なぜその友人を知っている? その友人との関係はどのようなものだ? 本当は何人この国の者を知っているのか?
困った。 Mrs.Hに迷惑がかかってはいけないとの想い。 知らないと口にした以上、知らない、分からないと言う言葉を繰り返すしかなく、私の不在中にメイドさんが使ったのかもしれない、私には分からないと言い張り続ける。
次にスーツケースへの追求が始まる。 ちょうど良い大きさのスーツケースがなかったので、友人の森本氏から借りてきたので、彼の名前が入っている。 このMORIMOTOとは誰だ? なぜ他人のスーツケースを使っている? MORIMOTOはどこに住んでいて、何をしている人間だ?
やっと説明が終ると、次はパスポートへの追求が始まる。 旅行会社の人から、「入国時、スタンプを押さないでもらいなさい。 もし、イスラエル入国のスタンプが押されていると、ヨルダンへ入国できなくなりますよ。」と言われ、ヨルダンへ行く予定は特にはないものの、念のため、その忠告に従って、入国時、「NO STAMP、PLEASE」と伝えていた。
なぜ入国スタンプを押していない? ヨルダンへ行く予定があるのか? なぜこのパスポートは新しいのか?
もういい加減にしてよと叫びたくなる気持ちを飲み下す。
「古いパスポートは期限が切れていたので、今回の旅行のために新しくしました。」
この旅行はいつ考えたのか? いつ? いつ考えたのか? ふとした思い付きでやってきたのよね。 私はいつ決めたのだろう? 終らない質問にうんざりしてくる。
アリがしつこく、しつこく、空港に着いたら泣いてはいけない、 個人的会話をしてはいけないと、真剣に言っていた意味が分かってきた。
そんなに気になるなら、荷物を開けて調べればいいでしょと開き直りたい気持ちながら、我慢、我慢。  ここで口論しても、何も生まれはしない。
長い長い遣り取り。 彼女は「ちょっと待っていなさい!」と紙に「MORIMOTO」と書き止め、小部屋へ消えた。 上司に報告し、裁決を仰いでいるのだろう。
ジリジリとした時間が流れている間、私は無意識に小声で歌を口ずさんでいた。

 とおりゃんせとおりゃんせ ここはどこのほそみちじゃ てんじんさまのほそみちじゃ ちょっととおしてくだしゃんせ ごようのないものとおしゃせぬ このこのななつのおいわいに おふだをおさめにまいります いきはよいよい かえりはこわい こわいながらも とおりゃんせ とおりゃんせ

安全の為なんだ、私に対して悪意がある訳ではなく、この入念なチェックは、あくまでも空の安全の為に、彼女は真剣に自分の仕事をしているんだ。 しつこすぎるこのチェックに、むしろ私は感謝しよう。 ありがとう。 あなたのおかげで、私は無事に日本まで帰り着くことができるでしょうと、自分の波立つ心を慰撫する。
彼女が小部屋から出てきた。 「誰か、あなたにまた来てくれと言わなかったか?」
ドキッとする。
「いいえ、そんな事はありません。」心の動揺を押し隠し、冷静に答える。

アリ、さようなら。 もう使用しなくなった家族の衣類や写真を送るけれど、私はあなたにもう会うことはないでしょう。 例えイスラエルを再訪することがあるとしても、このような旅にはならないでしょう。 ごめんなさい。 あなたに嘘をつきました。 今度来た時には、どうしても自分の家族に会ってくれ、家に来てくれと真剣に訴えられ、本当のことが伝えられなかった。
イメージで垣間見えたあなたの場に、私は入らない。 私はこの旅を卒業します。
マサダの砦で出会ったときの私と、今日の私は、既に変化している。
同じ旅はないのよ。 再度、この地を訪れる時は、きっと今日の私とも違っている筈。
この地を想う時、あなたとの旅を思い出し、あなたが幸せで、自分の人生を創造しているよう祈ります。 
さようなら。そして、ありがとう。 決してあなたを忘れることはありませんが、合うこともないでしょう。 本当にありがとうございました。

テルアビブからパリへの飛行は、来た時同様、激しく揺れる。
雪を頂く険しい峰々が、夜明けと共に見えてくる。 白峰からの波動を受けながら思う。
本当の聖地は、人間が創った教会や神殿なんかではなく、ましてや、イエスやマリアなどの偶像などでもなく、自然そのものこそが聖地であり、この地球自体が聖地なのだと。
そして、その地球に共鳴していく人間の心の内にこそ、聖地はあるのではないかと。

成田への乗り継ぎのため、シャルル・ドゴール空港C89ゲートに降り立つ。
時間の経過と共に、日本人がどんどん増えてくる。 団体の人達もやってきた。 華やかな団体の会話が入ってくる。
「毎月、一番の成績を出した人に、今回買ったリモージュの紅茶セットで飲んでもらうことにするわ。」シャルレのご褒美ツアーのようだ。 
つい先刻までの世界は、ものの見事にかき消えていく。
アリの苦しみはもうどこにもありはしない。
私は夢を見ていたのだろうか?
着るものもなく、食べるものもないベドウィンの子供達。
ユダの荒野。 照りつける太陽。 イスラエルで体験した出来事のひとつひとつが、脳裏に浮かんでは消えていく。 エルサレムでのバス爆破事件や闇市のようなヤッフォーオールドタウン。
たった5時間の空間移動は、世界の様相を全く異にしていく。 タイムトラベラーの心境に入っていく。
私のイスラエルの旅は現実だよね? 夢、幻ではないよね?と自分に確認してみる。
12日間の旅は、確かに実在した筈なのに、映画が終了し、町中へ出て「さぁ、これから何を食べようか?」と、熱中して観た映画のストーリーや感動は記憶から消え、映画館へ入る前の時間、空間に戻ったような、日本の実状、現実に一挙に引き戻されて、私の感性は面食らい、戸惑っている。
物が溢れていて、お金も溢れている。 日本人の幸せそうな顔、顔、顔・・・。
永遠に続く彼らの幸福!? 陽気で、何ひとつ苦しみのなさそうな日本人団体の中で、私は呼吸困難となり、居心地が悪く、彼らから逃げるように一人離れていく。 
この人達は平成6年4月までの私自身の姿だった。

パリ―成田間は、イスラエル―パリ間とは別世界。
搭乗者はほとんどが日本人で、言葉が通じる人達ばかりに囲まれているのに、心は落ち着くどころか、恐怖さえ感じている。
2月17日、イスラエルへ向けて成田を飛び立った時、これから出会う、未知の出来事に対し、私は少なからず緊張していた。 そして今、異次元惑星に迷い込んだ異星人のように、オドオドと不安の中にいる。
心は必死でイスラエルの断片をかき集める。
アリ、ごめんね・・・、 ごめんね・・・。
冷静さを失い、押し寄せてくる軽佻浮薄な「日本」の渦に、飲み込まれないようもがいている。両手いっぱい、イスラエルを抱えこんでいても、襲いかかる日本の激流に、イスラエルがもぎ取られていく。 幻想の繁栄に酔う日本の姿は、私の姿。
目を閉じ、耳をふさぎ、声にならない声を発し続ける。
私はアリを忘れない。 私は何者か。 私はアリなんだ。 アリを忘れるということは、自分を失うこと。 あの廃虚のような町、ヤッフォーのオールドタウンですれ違ったおじいさん。
ガラクタとしか見えない古物品を、恨めしそうに見つめていたおじいさんの、絶望の目を忘れない。 この12日間の旅のひとこまひとこまを忘れない。 
ブツブツと叫びに近い内奥からの声を、私は反芻し続ける。

「食事の前のお飲み物は何に致しましょうか?」スチュワーデスの声に目を開ける。
日本語なのに、とっさに答えられない。 周囲は相変わらず日本人の陽気で騒々しい会話が飛び交っている。 別世界の出来事。
「何に致しますか?」再度促され、飲みたいとも思っていないのに白ワインを頼む。
酔えば私はアリの世界に戻れるだろうか?
大学生のグループがいる。 卒業旅行の帰りのようだ。 ヨーロッパ各地を回ってきたらしい威勢の良い会話が聞こえてくる。
「スペインはイタリアよりも恐いよな。」屈託のない明るい声。 彼らなりのスリルと、冒険や感動があったのだろう。 「ガイドが言ってたぜ。 腹に巻いているキャッシュベルトさえ持ってっちゃうって!」スリルの疑似体験の中で感動を振りまいている。
何かが違う。
私の中で抵抗する心がある。 彼らが悪いわけではない。 これまで体験してきた私のビジネスツアーも、例え一人旅であったとしても、彼らと似たようなものだ。 私は常に守られ、陽の光があたっている街路や、レストランばかりを歩いてきた。
囲われた安全圏。 
観るもの、聞くもの、触るもの、特別に設計された無機質の作り物。 そんな張りぼての世界―掴もうとすると音もなく消えて行くまやかしの世界―を生きてきたような空しさに捕らわれる。そして、長い夢から覚めた人間のように、空白の時間、空間の中で私は戸惑っていた。

口中に酸っぱい渋味がいつまでも残っていた。
この味を知るために、私は一人でイスラエルへ旅立ったのかもしれない。
もう、元へは戻れないし、戻るつもりもない。
この渋さと共に、両の足をしっかりと大地に付けて、自分の道を歩いていこう。 例え何が待っていようとも、この身体で体験していこう。
虚構の繁栄に別れを告げ、大いなる意志、自然が教えてくれる出来事に耳を澄まし、自己の本質を探っていこう。
かりそめの安定より、内なる本質が悦びに震える生き方を選んでいこう。
ありがとう、アリ。 ありがとう、イスラエル。 ありがとう、旅で出会えた多くの魂達。
そして、ありがとう、生命を分かち合う多くの仲間達。 この旅の体験を核として、私の真実を求めよう。
この肉体に感謝し、生命の意味を知る旅を続けていこう。 


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